I Know

 

しりたい、しりたい、自分をしりたい、ってな欲求が、

行動の原動力としてつよい私。

 

わが”知りたい根性”は、

わたしの未知なる可能性のためにあると思っていたが、

ふと、その熱の詳細は「識別」なのかもしれぬ、と閃き。

 

あなたはこうですよ、わたしってこうなのか。

誰かと自分の違いを知ることで、

自分に対する「なんでぼくはこうなのだろう、ダメだなあ」ってな残念感を、

「なるほど、こういう性質をそなえた人間なのね」とフラットなものへと正したいだけなのかも。

 

自己受容のために自己探求しているだなんて、

そこにあるものを探してあちこち旅しているみたい。

メガネ、メガネ、、、


今朝おもったこと

 

感情ってアプリみたいなものかもっておもった。

生まれたときからインストールされていて、ウルトラマンのタイマーみたいに色が変わる。

 

怒りは黒味がかった赤色をしていて、

高貴な、神聖な瞬間はうすい紫色をしているんじゃないかな。

 

感情はそして”削除”できないのかもしれない。

削除もムリだし、その発光もとめられないし、色を頭で指図できない。

 

その光る球体は、生き物のようにつねに動いていて、

万華鏡のように表情が変わっていて、

じつはそのすべてが完成された美。

 

球体の放つ光はぼんぼりみたいにして外側へどこまでもひろがっているのかもしれない。

音楽の「スラー」みたいにして、光はつぎの光とかさなり、かさなり、

悲しいとか切ないとか嬉しいとか悔しいとか、

ほんとうは端的にことばで表せるものなんかじゃなくて、

それは、長い長い文章でだって表現し得ないもの。そんな気がする。


インスタレーション

 

写真学生をしていたかつて それなりに重たいアナログカメラを首からさげ 被写体をさがして暮らしていた

そのときは まじめすぎて気づけなかったけれど、世界ってアートなのでしょうね

 

カレのつくるいつものご飯も二度とおなじものは食べられないアート。

猫のあくびも、あの光も、三角目でいらだつ鏡のぼくも、咲きそうで咲かない花も、カップに付着したコーヒーじみも、

このちょっと重たく眠たいからだと、なにかをもとめてやまないうるさい心

 

言葉にするのもバカらしいほど魅力的

 


ハロー

 

そのひびきのように、かろやかかわいく生きたいね、Hello〜


キュートな彼ら

 

人見知りなのか白犬まるちゃんには、ずっと吠えられた初日。

2度目のある日に、ようやくなれてくれた。

 

もの言わぬ存在と心をかよわせるにはどうしたらいいのだろう。

そんな下心もぜんぶみすかされているようで、ほえられる自分がおかしかった。

 

おもいだしてもかわいいまるちゃん。

兄のボンは、ひとりっこ時代とは一転、ずっとものわかりがよく大人のようだった。


リッチな私たち

 

きょうは満月なんですって。

満月とは太陽と月が真向かいにある時だそうです。

 

だからなに?

それは、as you like !!

 

ただしかし、ぼくの占星術ブログ徘徊由来のざっくり情報によると、

今宵のムーンには、豊かさのエネルギーが満ち満ちているらしく、

今日の、今のわがリッチに意識を注ぎ、ありがとう。

そう感謝を捧げると星の力をいただけるよう。

 

とにもかくにもこれを目にした私たちは、

たぶん目がみえて、指が動き、電気やテクノロジーの供給をうけ、

このような余暇みたいな雑記をひらく状態にある、ゆたかな今にあるのでしょう。

 

おめでとう、ありがとう。

 

あたらしき草木が風とおどる4月最後のうつくしき午後に。


微導法のこと

 

はじめて微導法を体験したのは、1年くらいまえのこと。

予備知識ゼロで、その説明をよんでも内容はよくわからなかったけれど、

気になる。うーん、気になる。気になる、、

と、数日うんうんと迷い、ワークショップに申し込んだ。

 

初びどうは、なんとも言葉にならなかった。

でも、セックスみたい、と思った。

 

先生が、かすかに揺れながらぼくのからだにそっとふれる。

ふたりして、ゆらゆらゆらゆらとなる。

たったそれだけのことなのに、自分は宇宙だなあ、って感覚となった。

 

数時間いっしょにすごし、習うことはごくごく簡単で、

だけど、その威力はすばらしく、

ほんとにすごいことをおしえてもらった!

大興奮して家に帰ったことをよくおぼえている。

 

その春の日から、ミッチーをゆらした。

はじめのうちは感想をもとめたがいつも「気持ちよかった」としか言わないので、

いつからか聞くのをやめた。

 

今年になって、ぼくの中のなにかが変化したのか、

もっとやりたい! となり、母やら大家さんやらラーメン屋さんやら友だちやら、

チャンスがあれば微導法をしている。

みんな気に入ってくれ興味をもってくれる。

そんな、術。

 

先日。ニシゴン先生が近所で、

ひとりでできるセルフ微導法のワークショップをひらく、と知り、

こんどは一瞬の迷いもなく、即座に申し込んだ。

 

たのしみにして、希望みたいにしてその日を待ち、

当日はなぜだかとても緊張しだし、なんなら行きたくないとすら思い始めた。

こういうことってある。

新世界をこわがる自分がいる。

 

セルフびどうは、「腰抜け体操」という名前がつけられていた。

体操といわれると汗をかくのかも、と着替えをもってでかけたが、

それは、やっぱりものすごくシンプルで、なんの準備も不用だった。

 

具体的なことは、ニシゴンにならってもらうとして、

ふるくからこの地、日本にある「姿勢と呼吸」にもどすこと、ただそれだけ。

WSは2時間の予定だったが、1時間くらいすると、先生はあれ?ってかんじに、

もう、教えることはおわっちゃった。ってなことを言った。

 

それから1週間とすこしたち、

ぼくは、毎日その姿勢と呼吸をおもいだすとやる。

さいしょの数日は、日頃の運動レスな自分らしくふくらはぎとかが筋肉痛みたいになった。

 

精神的な変化は、正直まだよくわからない。

ただ、なんというのだろうか、気持ちがおちついている。

気のせいかもしれないが、庭のみどりが輝いてみえる。

 

姿勢って、表現なのですね。

どのように立つか座るかは、からだからはじまり、

もれなく心にも影響を与えるもののようだ。

 

心とからだは、ひとつのものを別の言い方をしているだけなのかもしれない。

 

だれかが和の心で立ち座っていると、

そこから平和の輪が波紋のようにひろがっていくようにおもう。

 

平和の発生源になれるのは、だれでも。

もしかすると植物や鉱物や動物たちは、

ひとつの例外もなくピースメイカーとして生まれて死ぬまで存在しているのかもしれない。

自然、とは、そういうことなのかもしれない。

 

ぼくも自然をえらぼう。

いつかそのうちなんてもったいぶらず、いまからそうしてしまおう。

 

そんな、あり方のおすそわけが、びどう法なんじゃないかしら。

心より、どなたにもおすすめします!

 

にしごんの微導法 http://bidou0443.com

 


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ミッチーが、数年ぶりにブログを更新していた。

料理のことをかいていた。

 

 

ぼくはおもうのだけど、

ブログってたのしい。

わたしの瓦版ってかんじ。

 

SNSとはちがう、なにかがあるんだよな。

みんなにもブログやってほしい。日記とかかいて読ませてほしい。

そんな風にもあなたのことをしってみたい、って思う。

 

http://micci.salondepink.com

 


エープリル

4月はいろいろなことがおこっている。

それはぼくだけじゃなさそうで、

ハプンデーにある友だちたちからのリポートを受ける。

きょうは、これから鎌ケ谷という町にいく。

どーんなところだろう。

 

 

けさ、おもったのだ。

おきた瞬間に、

あ、だらしなくてもいい。

おもうようにうごけなくてもいい。

 

なーんだ。いいんだ。いいんじゃんねー。

それもしたいからしてるんだった。ここは体験の星なんだった。

 

まいにちの体験に、ぼーっとしている。

太陽礼拝でもしようかしら。


eat LOVE

 

なにをいまさらだけど、火が青い。

青い火に熱されて、野菜や肉が煮込まれていく。

かたくて、青臭くて、生臭くて、とても食べにくいそれらを、

手を替え品を替えコトコト変容させていく。錬金術。

 

人が、「クリエイティブ!」などといって、好きに勝手に扱うのではなく、

素材という名の命に道筋をしめすみたいなことなのかしら料理って。

 

 

猫はミュウちゃん、撮影はきくちよしみさん。


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