適当雑記

 

選択というのは迷う。

とくに何かを終わらせる時というのは心がなかなか決まらない。

始めるのは初期衝動みたいな勢いがあったり、

誰かからの誘いや、流れがあり、「はい、わかりました」という感じにスタートできることが多い。

終わらせる、やめるって、そのような流れになることもあるけれど(ふられたりとか)、

ぼくの人生の場合、意思を必要とするというか、

意志を行使する覚悟めいたものをよく求められる気がしている。

 

なんか、モヤモヤした文章ですね。

具体的なことを書かないようにしているから、こういう風になるのだろう。

が、相手がいることだと、誰が読んでいるかわからないここには書きづらい。

そういうデリカシーみたいなものって、偽善なのだろうか?

 

この頃の日々は、コントラストが激しい。

ぼくと彼との暮らしはとても静かなのだけど、外は11月まで水道工事がなされるそうで、

毎日のように朝早くから騒音。

工事の音もすごいのだけど、人間の、男衆の話声に落ち着かない。

それはあなたがゲイで、男の声に興奮するからですか、と思ったのならそれは偏見です。

都市伝説的な話かもだけど、

ゲイだと言うと「え、俺を襲わないでよ」みたいに最低なジョークを言う人もいると聞きますが、

それはあなた、世界を知らなさ過ぎます、と思う。

ゲイだからと言って、みさかいなしに男が好きなのではないのですよ。

ちゃんと好みがある。

そして、ゲイの世界には、ぼくの目から見ると、とても魅力的な人が多い。

もちろんノンケ男性にも魅力的な人はたくさんいるけど、

ぼくの感覚というか、”ぼくの世界”においては、割合としてゲイ男性に惹かれる人の率が高い。

 

というか、ぼくの惹かれる人や魅力を感じる人というのは、ゲイ的なのでしょうね。

いわゆる男らしいワイルドな男性をカッコイイ! とも感じるけど、

それはある種のファンタジーで、実際に関わりを深く持つのなら、繊細な人がいい。

自分のようにクヨクヨ小さい言葉に一憂するような繊細ではなくて、

なんというか、機微がわかる人(その感覚の近い人)が居心地が良いのだな、と最近気がついてきた。

 

もちろん諸刃の剣なわけだから、クヨクヨと機微は表裏かもしれず、

どちらかだけ都合よく備えることは難しいかもしれない。

だとしたら、クヨクヨ無駄に落ち込み面倒臭いが、

そのナーバスを知るために人に繊細にタッチする人が好みかもしれない。

って、今、また男衆の声がして、びっくりした。

ぼくは、工事の声のことを書いていたんだった!

 

ええと、そう、工事の人たちが好きとか嫌いとかではなくて、

その声とかムードというかバイブレーションがわが王国、calmスペースである家に、

毎日長い時間響いてくることが、思いの外しんどいなあ、という話。

そうして時に、自分と真逆的な男性をファンタジックに妄想するが、

やはりそうした人は、ぼくにはある種二次元のアイドルみたいなものなのだな、と思う。

適切な距離感はそれくらい。

 

何を書いているのか本当にわからなくなっていますが、ま、それもいいでしょう。

そんなことを思わせてくれる面白い動画を昨夜、数十分間みた。

 

 

ライブペインティングみたいに、即興でお話をつくっていく三人。

渡辺直美がまるで本を読まないんですよ、と言っていたけど、そういう感じがした。

(そういうバランスというか、配役も面白さ)

 

朗読劇って、朗読なわけだから文章を読むという体裁なわけだけど、

序盤を鑑賞するに、文章を即興で創作してそれを読むってとっても高いハードルそう。

朗読ではなくて、即興演技、エチュードというんでしょうか、

結果、そのようになっていきそうな予感。

今夜にでもつづきを見よう。

 

この試みに触れて、こういうのって楽しいよね、とやってみたくなった。

辻褄とか、整合性みたいなことを気にせず、

破綻上等みたいに。

 

そんなことを思っていたからかの今日の適当雑記です。


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