志村けんさん

書く必要はないのだろうけど、この気持ちを忘れてしまいたくない。

だから、ぼくは書いてみる。

 

志村けんさんが亡くなったというニュースは友だちからのLINEで知った。

画面にそのメッセージが映ったけれど、すぐに開くことができなかった。

胸のあたりに強烈な一撃があった。

人の死、お話をしたことのない、一方的に知っていただけのその人の死が、

こんなにも痛いことに驚いた。

 

ぼくにとって志村けんさって何だったのだろう?

もちろん、たくさんの笑いとたのしくて平和な時間をもらった。

東京の劇場に「志村魂」という舞台を観に行けたことは忘れられない。

テレビでやっているおなじみのコントが繰り広げられ、

ずいぶん知っているようなものたちばかりだったのに、

びっくりするくらいにおかしくって、おかしくて面白くて、

お腹が痛くなるくらいに笑った。

 

その体験は、体験だった。

目の前で実際に行われる実はものすごくシュールで、ブラックというのか、

人間のいろいろを映し出してくれるようなその世界に、

頭じゃなくて全身が笑ってしまっているような感じだった。

こんな時間は初めて、と大興奮した。

 

休憩時間のロビーはグッズをもとめる人たちでおおにぎわいで、

ぼくの記憶ではそこにいるみんなが、幸せな顔をしていた。

そりゃそうだ。だって、1年分の笑いを袋詰めしたみたいな時間がやってきて、

さらにこのあとにも待っているのだもの、幸せ以外なにものでもない。

 

もうひとつ、志村さんというと思い出すことがある。

志村さんと長年コントをしていた優香さんの撮影の日。

ご本人よりも1時間以上早く入る我々スタッフは、

優香さんといえば、みたいにして志村さんの話になった。

 

職業のちがう、感性のちがうスタッフたちが、

ひとつのテーブルに集まって口々に、志村さんってかっこいいよねー、すごいよねー、

って話した。

やってきた優香さんにも、

そのみんなを束ねてしまう志村さんの話をたしかした。

 

今に思えば失礼かもしれないけれど、

そんな志村さんとずっとコントをしているあなたってすごい!

そういうテンションで話をしていた気がする。

 

志村けんさんを近年は、熱心にテレビで追ってはいなかった。

動物の番組自体にはあまり興味がもてなかったから、

いちばん目にしやすいその番組は、ほかの番組のコマーシャル時間にちらっと見るくらいだった。

でも、それでも十分だった。

 

ぼくの中にある志村さんって、超面白いのと同じくらいに、超かっこいい人。

それから、超あたたかくて、超やさしい人。

 

容姿でもスタイルでも肩書きでもキャリアでもなくて、

そのお顔、笑顔、いや人間そのもの、その存在に、

大人になってどこか疲れてしまったぼくは、本当に癒され、希望をもらった。

 

希望は、志村さんをすてきだと感じることからもらっていた。

人間って、目に見えない心や魂みたいなものがそのまま相手に伝わるんだ。

このハゲたおじさんが、こんなにかっこいいのはそういうことだ。

そんな風に、志村けんという存在から、ぼくは生きる指針みたいなものをいつももらった。

 

生きていたってこの先お会いすることはなかったかもしれないし、

もともと熱心に番組を見ていた近年ではなかったし、

ぼくの人生にたいした影響はないだろう。

頭ではそう思える。

でも、それはぜんぜん嘘だってことをぼくは知ってしまっている。

 

今は、志村さんが亡くなった、その亡くなり方も本当にかっこいい、って思うことで、

その死を受け入れていけたらって思う。

 

実際のことはわかりようがない。

ぼくが勝手に解釈しているだけ。

でも、ぼくは思う。

この危機を国中で一丸となって乗り越えるためのきっかけを、

その命の最後に与えてくださったのだろうって。

 

今日も明日も何十年後も、志村けんさんがいたこと、

志村さんがつくったとんでもなくユニークですばらしいあの世界が、

ぼくを、ぼくたちをあたためつづけてくれるだろう。

 

志村けんさん、心より感謝をしています。ありがとうございました。


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