ぼくはエモくない

 

人に対して、熱い感情とか情とか、そうしたものがエモーショナルにでてくることがあまりない。

子どもの頃を思い出してもそういう記憶がない。

ずっと淡々としている。

自分自身に対してもどこか淡々としている気がする。

 

それをずっと「情にうすい」的な、冷めた人間のように思い、

どこかで頑張ってきた。頑張らなくてはと思っていたかもしれない。

 

「親友」とか「仲間」とか「相棒」とか、

そうしたエモ的な言葉や概念に対して、気恥ずかしさをおぼえる。

そしてそれは自分のコンプレックスでもある。

”情”的ではない自分をうしろめたく思う。

 

だけど、それが自分なのだと気がついた。

淡々としていて、頭で「情」を考え、そうふるまおうとしてみたり、

冷たい人と思われないようにと意識したり(斉藤由貴の「卒業」みたい)

そんなことをしてきたけれど、ないものはない。

エモくないものはエモくない。

 

ただ、そうはいっても情も感情もある。

自分なりにある。それを示すことを自分なりにはしている。

それが今日の自分。

これが自分なのだ。

この形が今日の宇宙には最適なのだ、きっと。


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