day7

もう7日目だったのか。早い。そして、今回は何度も書いているけれど最初の2日がきつかったが、

こんなにしんどく取り組むのは違うかも、となり、自分の形で行っている。

「自分の形にした」ことを咎める自分も感じるけれど、どちらがエゴの声、働きなのだろうか?

あ、でも、自分にとっての「今」が心地が良い方が本当だ。より自分の真実みたいなものと近いのだろう。そう思う。

さて、今日は「人生の使命」を知る日。

前回、前々回もこの日はとてもワクワクした。

けれど、何を「使命」と感じ、それをどう言葉にしたのかは覚えていない。

アトリエのどこかに、それらは残っているはずだけど、探そうとも思わない。

過去は過去。今は今。今の自分にとって「これ」と感じるものを、今の自分がキャッチする。

 

風の週の今週には、いろんなことがあった。

思い浮かぶことを列挙していこう。

まず、今日はぶっしーから「今日かこの週末にノムと話がしたい!」と連絡があった。

昨夜はたまちゃんから「会いたい」とのメッセージ。

思い返せば、そういうことをときどき言われている。それはとてもうれしいことだ。

誰かと話がしたいのではなく、あなたと話したい、あなたと会いたいと言われる自分でありたい。

それには、自分らしく生きていることが必須なのだろうと思う。

あたりさわりない言葉をあたりさわりないように発し、

あたりさわりのないエネルギー(そんなものはないか)で存在していたら、あなたじゃなくてもいいもの。

自分のまま、あるがままに生きること。

これは、ぼくの、人間の使命なのだろう。

 

それから今週のとても大きな出来事として、数日前の錦糸町での食事会がある。

まず、錦糸町に19時半に行くという設定が、ぼくには好都合だった。

その時間に合わせて向かうと電車も混みそうだし、早くに行こうとなり、目的はブックオフ一択だった。

即座に「錦糸町 ブックオフ」と検索し、お店のごく近くにあることがわかったので、一目散にそこへ行った。

その店がまた、すばらしい品揃えで、たいへんワクワクし、津留晃一さんの本を初めて手にした。

なぜブックオフが好きなのかというと、いろんな本が混在しているということがある。

新品書店だと、古本の扱いは基本的にないし、

こだわりの誰かのお店だと、お店の誰かのセンスやら世界観が反映されている。

どちらもどちらですばらしいのだけど、ぼくのいちばんの好みは、偏りがなく、なんでもあること、

それから「宝探し」的なものであることが、なによりも重要。

ブックオフはその条件を満たす。

津留さんの本は、新品書店でもセレクト本屋でもブックオフでもこれまで一度も見たことがなかった。

ただ、一度も見たことがなかった。探したこともなかったし、あるとも思わなかった。

だが、それがあった。たしか210円だった。

翌日、ネットで検索したら、やはり珍しいもののようで、5000円くらいの値段がついていた。

これを売ればだいぶ儲かる、とも思うが、読み出したらこの本は一生モノというか、

簡単に読んで手放す本ではないことがわかり、売ることは目下の頭にはない。

 

その、津留さんの教えというか、

津留さんを通して書かれたメッセージとここで出会ったことが今週の大きな出来事のひとつ。

もちろん、それまでにもネットで何度も読んできたけれど、

今回の本は、質問者との対話という形で、たいへん読みやすいし、わかりやすい。

読みながら、ほぐれていくのを感じている。

そして、自分も、こういうものを書こうと思った。でも、それは形の話ではない。

メッセージの質において、いつか津留さんのようなものを書く。本物のメッセージを。

 

そして、食事会にて志野さんとあのような席に座り、「最近どう?」と尋ねたあの流れ。

そのことにより、10年前に書いた小説「ハワイのこと」の感想を今あらためて聴くこととなった。

それは、渡りに船というか、まさにメッセージだった。

ぼくは、今そのようなことをしたいのだと思った。

志野さんは吉田さんの言葉を、いつ放たれたかわからないかつての吉田さんの言葉を伝えてくれた。

「加筆修正をしたら本になる」

それは、とても励みになり、一気になにかがひらく言葉だった。

 

今、思った。この本を書き上げて、吉田さんに見せたい。

そして、その本が出来上がった背景にはあなたの言葉があったのだと伝えたい。感謝を伝えよう。

 

それから、昨日のぞみさんにホロスコープのリーディングを文章にして送った。

なんだかやろう、と思い、すぐに取り掛かり、すぐに送信した。

すぐに彼女からも返事があり、「すごいんだけど!」と、

受け取った興奮なのか高揚したエネルギーがまっすぐ伝わる短い文面に心躍った。

そうか、そういうこともできるのか、自分は、とあたらめて思った。

 

できることをしよう。

できないことをやろうとしなくていい、できることをしよう。

できること、したいことをしよう。

それが自分と一致することだ。

 

100%の、完全無欠な人間になる必要はなく、きっとそんな人間はいない。

誰でも凹凸があり、それが個性であり、人間の完璧さなのだと思う。

自分が違和感をおぼえることを、無理して自分にさせることはやめよう。

会いたくない人と会うことも、やりたくないことをやることも、やめよう。

そのように生きてみて、もしも不都合があったら、そのときに修正すればいい。

忖度しない。

 

しかし、今は文章なんだな。書くことがたのしい。書くことに気が向いている。絵ではない。

ひとしきり書くことをやったらおそらく、必要な、必要というか最適なタイミングでまた絵を描きたくなるのだろう。

それにはほとんど疑いがない。確信がある。

なぜなら、そうやってこの5年近く絵と向き合ってきたから。

それでオッケーだったから。

無理してやっても描けないし、そのときがきたら、バーっと取り掛かれる。

いや、とにかくやろう、というスイッチが入ってやったこともあるが、それもひとつのタイミング。

起こることは起こる。起きていることに間違いはない。そう思う。


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