day4

 

今日のレッスンは自分を俯瞰するというもの。

聖なる観察者となり、限定的な”自分”を客観的に眺めよ、とのこと。

それをしている。それができるとき、できている瞬間は、”自分”から離れている。

離れているということは、離れた場所、離れた自分が存在しているということ。

それは、そこは、魂の在りかなのかもしれない。

そこに立っていると、自分のこと、目の前の状況のすべてが感情やらから切り離される。

ただ、「それが在る」という感じ。あるいは、流れ去っていく瞬間たち、という感覚。

そこにいればきっと、とても心穏やかにいられるのだろう。

 

客観していると自分は、よくよく考えることをしている。おもに先のことを思考、シュミレートしている。

今夜なにを話そう? 今夜なにを着ていこう? 今夜の帰り時間はどれだけ寒いのだろうか?

来月の家賃、再来月の家賃はどうして払おうか? 先々にどれだけお金が入ってくるのだっけ?

延々とそういうことを頭に描いたりしている。

その”自分”と一致すると、感情が揺れるし、ここではない場所にいる。

ここではない場所に意識はあるのに、肉体はここにあることがもどかしいような、間違っているような、

なんだか焦りに似た落ち着かない感覚となる。

 

それから、スピリチュアル・レッスンに関しても、レッスンに取り組むあり方をダメ出ししようとしたり、

もっとちゃんとやらないと! というような叱咤の声が聞こえる。

真面目というのか、いや真面目というよりも強迫的な自分を知る。

その急かすエネルギーに急かされ、何かをしないと、と心を置き去りに行動に移そうとする自分がいる。

でも、どこかから「急がば回れ」「急いては事を仕損ずる」などの達観した風の声も聞こえる。

どちらの自分に従うか。どちらの世界観を信じるか。それを選ぶ権利をぼくはもっているのだ。

 

今回の3度目となるスピリチュアル・レッスンは、前回、前々回とは違う適当さが自分にある。

思いつめてやらない。タスク的にやらない。自分に甘くする。楽で、ラフにやってもよし。

そのように思っている。

 

やり方にも規則を決めず、

この記録もパソコンに記したりブログに記したりノートに記したりnoteに記したり、

フレキシブルでいいじゃないかと思う。

書かない日があってもいいし、レッスンをスルーしたっていい。

そのようにイベント的にやってみようと思えたことで、3日目から一気に楽になって、目の前が明るくなった。


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