わが青春のmixi時代

2008年4月24日 1時32分に書かれたmixiの日記より

 

 

是枝監督の『歩いても 歩いても』という映画を見て、 
その映画のメインコピー、 
「人生はいつもちょっとだけ間に合わない」を目にして、 
これは親が元気なうちにカミングアウトしたい! と、 
久しぶりに実家に帰ってみました。が。 
終始とっても他愛ない話をして、 
なにも切り出せずに家を出たら、まさに父、帰宅。 

昨日。 
友だちと話していて、 
その友だちが、 
お父さんも子供のことは凄く可愛いんだよ。 
ただ、うまく表せないだけ。 
と言ってて、 
それはほんと? と半信半疑でいたのですが、 
父と会ったその数分で、 
ぼくに関心を持っているということが、 
その言葉遣いや態度でわかりました。 
そうだったのかー。 

そんなカミングアウト初日。 
いや、プレカミングアウト。 

父の父母と同居話が出て、 
お試しで愛知から老人夫婦が小金井にやってきて、 
父の朝早く夜遅い仕事な生活、 
父とまともに顔を合わせない生活を体験して、 
同居を求めなくなった、 
という話を母がしてきて。 
その話のオチとして母は、 
けっきょくおじいちゃんおばあちゃんは、 
私と暮らしたいんじゃなくて、息子と暮らしたいんだよね。 
と言う。 

親ってそういうものなのか。 
50過ぎて髪も薄くなった息子でも可愛いのか。 
すると親孝行は子供の特権なんですな。 

そんなことを言いつつ母は、 
血のつながらないママ母(祖母)とソウルへ行くそう。 
どこか美味しいお店しらない? 
と聞かれたのが面白かった。 

そして週末は祖父の3回忌。 
そんな感じの春ですかな。

 

 

きのうは母の誕生日で、当日のお昼前に突然夕飯に誘われ、

父母とみっちーと4人で吉祥寺でお寿司を食べた。

 

いろいろと面白い時間が流れたけれど、

吉祥寺から実家へと場所を移し、コーヒー飲みつつ、

父が寝てからの母Timeに、母がいつかロンドンで買ったという、

陶器製の指抜き(?)をメルカリに出して欲しいと引っ張りだしてきて、

ちいさい一つ一つが包まれたティッシュからそれらを取り出しながら、

それを買ったときの状況やら、気持ちなどを聞いていたら、突如、「それが人生だなあ」と悟った。

 

意味があるのだかないのだかわからない、

あってもなくてもいいようなその指抜きや、まつわる思い出話を聞くこのひととき。

こうしたなんとも言い難いあれこれを味わうこと、無意味かもしれない時間を「豊か」というのかも、と思った。

 

焦らなくてもいい。

焦ってどこかへ行く必要も、何かになる必要もない。

ひたすら、日々を、目の前にあらわれ去るすべてを味わおう。

そのように思った。

 

夜。このごろ「Sex & The City」を見返していることもあってか、

意識が15年くらい前の自分とつながっているようで、mixiをひらいてみた。

あの頃の自分の綴ったこと、あの頃の時間をふりかえってみたくなった。

そこには、今とは違う豊かさがあった。

 

もっと、書くことや、自分を生きることをたのしもうと思った。

 


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