遊びをへて

ひさしぶりの友だちとの時間。

ひとり帰り電車に揺られながら、内側に、パンクみたいな、ロックというのか、

アングラ演劇なのか、そういう、大きなものへのアンチ!的な熱がふつふつとしている自分に気がつく。

なにかかましてやりたい、みたいなエネルギー。

 

ああ、ぼくにもそういう部分があったのか。そうか、だったら、その自分もだしたいな、なにをしよう。

などと強めの曲を耳に、さらに気分を盛り上げながら思って帰って風呂に入って寝て起きたら、

すっかり自分からそういう気分が去っていた、台風通過的。

 

もしかして、ひょっとして、そういうことか。

彼女といっしょにいたことで、ぼくの中にあった小さい熱が彼女の強い熱に反応、共振し、

おおきく引き伸ばされていたのかもしれない。

ともに過ごす人のもつ強い部分に自分のそれが感化され、拡大されていたのかもしれない。

 

誰といるか、は、どんな自分といるかということ。

誰といたいか、は、どんな自分といたいかということ。

 

 


コメント
コメントする








   
この記事のトラックバックURL
トラックバック

CALENDAR
S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< November 2019 >>
CATEGORIES
ARCHIVES
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENT
PROFILE
SEARCH THIS SITE.
MOBILE
qrcode