自分と一致する

自分がハッピーでいることが大切。自分の状態、無意識レベルの自分、波動が伝播されるのだから。

「自分のハッピー」は自分にしかわからない。

良いとされるものが必ず自分にあてはまるわけではない。

好みの問題。それが個性。

 

そのためには自分を知ろうとすることしかない。

自分の状態を知ろうとすること。それには自分をみる。自分を感じること。快、不快に気がつくこと。

自分の快、不快を重要視すること。それが自分を大切にする、自分を愛するということ。

 

そうできない自分を「こうあるべき」とコントロールすることは、自分を向上させることではない。

「そうありたい」自分の「ありたい」がどこからくるのか。

社会から、親から、常識が由来なのか、自分の感覚、本心からなのか、

その見極めは、積み重なったもの、こびりついたもの、埋め込まれたものが多いほど、

埋もれているので、わかりづらい。

一朝一夕で、というわけにはいかない。

継続的におこなうこと。自分を大切にしつづけること。

 

 

ないものをあげることはできない。

自分に優しくない人が人に優しくできることはない。

自分にしていることを、人にしている。

肯定も否定もいらない。ただ、ある、ということを、存在をみとめる、みてとる、認識する。

人のことも同じ。認めるのではなくて、みてとる。

肯定しようとすると、否定もうまれる。二極性。

 

人に従うことよりも自分に従うこと。

集団、社会よりも自分、個人をまず大事にすること。尊ぶこと。

小さいことから、小さいことこそ、そうしていく。

おきたいときにおきる。食べたいから食べる。

 

「ルールに従う」ことをルールとしたいのは、ルールを決める人たちの都合による。

社会人の前にいち個人。”社会のため”は「お国のため」につながる。コントールにつながる。

服従する意識へとつながる。

あたりまえのようにそれを教えられる、植え付けられる。個人の尊重よりも前に。

その洗脳をとく。

自分でしかとけない。

人がそれをしてくれるのを待っていたら、けっきょく、”その人”に従うことになる。

ヒエラルキー制度から抜けられない。ピラミッド社会。

目に見えないカースト制度的なことから抜け出せないと苦しみから抜けられない。

ピラミッド社会には個人の尊重がない。

決められた範囲下での自由しかない。

人のくれる自由しか自由にはならないということは、不自由ということ。

人に従っている以上、ぬけられない。

 

本当はもっと自由。型などない。みんなちがう。

みんなオリジナル。自分だけのものをもっている。

 

「自分を生きることは罪ではない」(by アレハンドロ・ホドロフスキー)

 

 

パキっと目が覚めてしまい、とつじょノートにバーっとでてきた言葉たち。

ここのところ、超いろいろあり、静かであり激しい。

アレハンドロ・ホドロフスキーさんの「エンドレス・ポエトリー」という作品、めっちゃよかったです!

 


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