answer その3

Q.

天狗と狼のどちらかに興味はありますか? どちらが好き?

好きな点について語ってください。

2つとも興味なかったら天狗と狼から連想するものについて語ってください。

 

 

A.

ユニークな質問。ユニークって思うのは自分にない発想だからだろうか。

さて、ぼくはどちらにもあまり興味はありません。

というか、ぼくは、本当にいろんなことに興味がなくて、

それはコンプレックスだったりするほどに興味がなくて、

自分って、自分のことにしか興味がないのではないだろうか、

それって人としてどうなのだろう、もしかして最低なんじゃないか、

とか思うことがときどきある。

 

でも、それが自分なのだから、

せめて自分はそのようなミーミーな生き物を受け入れてあげよう、

そのように思うこともよくあります。

そんな葛藤のようなものが長らくあります。

 

天狗ときいて思い浮かぶのは、高尾山の山頂付近の風景とそこで毎度感じるすがすがしさ。

高い場所からわが街を眺めるとき、「自分」というものが透明になっていき、

ふと景色と一体化して開放的になっている自分に気づいたりする。

そして、この感じをずっと忘れないでいたいな、と思うも、

下山する頃にはまたいつもの自分に戻っている。

それは残念なのだけど、この面倒でもあり窮屈でもある「個」であることが、

この世界においての真髄のようなものなのかもしれない。

ときどき、どこかや何かとの融合で、自分がひろがって消え、またミーミーワールドに戻ってくる。

その運動を、もっとエンジョイしたいなー、と思う。

 

絵を描き展示、販売することも、ちょっとそれに似ているのかもしれない。

絵は個人から出発するんだけど、やっているうちによくわからなくなるというか、

自分の中の、たとえば「ここにこの色」とか「まだ完成じゃない」みたいな声、感覚は、

どこからくるのだろう、誰のものなのだろう、となり、

希望的にとらえると、そうしたプロセス?状態?は、個から解放されているのかも、と思ったりする。

 

さらに展示をし人目にさらし、

それを「欲しい」という人と出会い、”持ち主”のもとへ手渡すこともまた、

自分だけのミーミーが、外へと広がることであり、

ぼくは、自分のしていることをもっと深く知りたいと今日も思う。

 

狼は、

ある友人の、狼をうつした1枚の写真に衝撃を受け、ライターの仕事をやめ、外国留学を決意した、

というエピソードを思い出させる動物。

ぼくは写真学校に通っていたのにもかかわらず、

写真からそれほどに衝撃を受けたことがたぶんない。すくなくとも思い出せない。

ただ、いま、思い浮かんだ写真がある。

 

学生時代の「olive」に入っていたNICE CLAUPの広告写真。

黒い丈の長いマウンテンパーカーに、下はたしか赤のタータンチェックですこし裾が広がったくるぶし丈のパンツ。

靴はドクターマーチンみたいな編み上げブーツで、

うすい金髪ショートカットの外国モデルのその髪は、

たしか白いピンでピタっと前髪を七三分けみたいにとめていた。

その写真。

 

なんだかよくわからないけど、惹かれる。

すてきだなあ、って思っていたら、当時毎日のように遊んでいた友だちも

その写真をいたく気に入っていた模様。

 

ぼくにとってのあの写真が何だったのかは今も当時もよくわからない。

好きなんだろうとは思うけど、好きとは違う気もする。

ぼくはその写真に芸術を感じたのかな?

 

 

Aさん、思い出トリップを誘う問いかけをどうもありがとう!


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