友だちから、あらたまった表題のついたメールが届いた。

なんだろう、ちょっと怖い、と思いながらひらくと、

それはクラウドファンディングのお願いというか、

不妊治療に特化したアプリを作ったというお知らせのそれでした。

 

メールには、

不妊の治療にかかる具体的な金額などが書かれていて、

え、ってなった。

 

それだけの大金を投じて、クリニックに通って、

でも、だからといって、みんながみんな妊娠するわけではない。

 

あ。今、これを書きながら、ぼくの近い人で、不妊治療をがんばっている人の顔がまたひとり浮かんだ。

 

ぼくは、こんな感じで、ゲイということもあり、

これまでの42年に、一度も自分の子供をもうけたい、って思ったことがたぶんない。

自分のことでいっぱいいっぱいで、子をもつなんてことへの憧れすら抱かなかった。

だから、正直いって、不妊治療のことにもごめんなさい、関心を強くもてていない。

 

ただ、友だちからの神妙とも思えるそのメールには、

自費で、そのアプリを開発したということなども書かれていて、

本気。というものを感じた。

 

そして、子供を授かりたいけれど授かれないことはすごい苦しいのだろうな、と思ったし、

逆にパっと授かったという方も世の中にはたくさんいるだろうと考えると、

なんともいえない気持ちになった。

 

でも、なんというかそういうことを大人になってから思ったことがあった。

学生時代の友だちで、10年とかブランクがあり、

いい年になってから再会してそのブランクタイムの話をした夜に、

彼女から、学生時代の家庭の事情などを聞き、

ああ、そうなのか。ってなったのだ。

 

ぼくはその頃もまだ、ゲイって特別というか、

自分は人よりも苦しい目にあった人生なのだと思い込んでいた。

けど、そんなことないんだよね。

 

ぼくの場合は「ゲイ」ということだったけど、

それが両親の不仲や離婚や、自身の離婚や、病気や、お金のことや、

とにかく、いろんな要素、出来事があって、

ひょっとすると誰しもが、「どうして自分だけ!」という真っ暗闇をさまよう経験をするのかもしれない。

 

その夜に冷水を浴びたように、ハ!っとなって、

ぼくは、ゲイで死にたいくらい辛かったんだ、ってことを、

被害者みたいにして思うのはやめた。

 

なんかね、友だちのこの度のメールを読んで、そのことをまた思い出した。

授かりたいけど授かれない人がいて、

もしかすると、授かった人に対してネガティブな感情がわいて、

そんな自分が本当に嫌だ、って人もいるんだろうな。

それはとてもしんどい時間だろう。

 

彼女たちのクラウドファンディングの目的は、もちろん支援金もあるけれど、

それを必要としている人に存在を知ってもらう一助になれば、というのがあるのだそう。

 

人生ってよくわからないけど、

それこそ子供は授かりものなのかもしれないけど、

でも、努力ができると知ったら努力はしたいよな。

 

変なたとえだけど、

ぼくがゲイを嫌悪していた時代に、ゲイじゃなくなれるって知ったら、

必死でそれをしていただろうって思う。

 

ミニン」というそうです。不妊治療を頑張る人を応援するアプリ。

 

https://camp-fire.jp/projects/view/96144


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