微導法のこと

 

はじめて微導法を体験したのは、1年くらいまえのこと。

予備知識ゼロで、その説明をよんでも内容はよくわからなかったけれど、

気になる。うーん、気になる。気になる、、

と、数日うんうんと迷い、ワークショップに申し込んだ。

 

初びどうは、なんとも言葉にならなかった。

でも、セックスみたい、と思った。

 

先生が、かすかに揺れながらぼくのからだにそっとふれる。

ふたりして、ゆらゆらゆらゆらとなる。

たったそれだけのことなのに、自分は宇宙だなあ、って感覚となった。

 

数時間いっしょにすごし、習うことはごくごく簡単で、

だけど、その威力はすばらしく、

ほんとにすごいことをおしえてもらった!

大興奮して家に帰ったことをよくおぼえている。

 

その春の日から、ミッチーをゆらした。

はじめのうちは感想をもとめたがいつも「気持ちよかった」としか言わないので、

いつからか聞くのをやめた。

 

今年になって、ぼくの中のなにかが変化したのか、

もっとやりたい! となり、母やら大家さんやらラーメン屋さんやら友だちやら、

チャンスがあれば微導法をしている。

みんな気に入ってくれ興味をもってくれる。

そんな、術。

 

先日。ニシゴン先生が近所で、

ひとりでできるセルフ微導法のワークショップをひらく、と知り、

こんどは一瞬の迷いもなく、即座に申し込んだ。

 

たのしみにして、希望みたいにしてその日を待ち、

当日はなぜだかとても緊張しだし、なんなら行きたくないとすら思い始めた。

こういうことってある。

新世界をこわがる自分がいる。

 

セルフびどうは、「腰抜け体操」という名前がつけられていた。

体操といわれると汗をかくのかも、と着替えをもってでかけたが、

それは、やっぱりものすごくシンプルで、なんの準備も不用だった。

 

具体的なことは、ニシゴンにならってもらうとして、

ふるくからこの地、日本にある「姿勢と呼吸」にもどすこと、ただそれだけ。

WSは2時間の予定だったが、1時間くらいすると、先生はあれ?ってかんじに、

もう、教えることはおわっちゃった。ってなことを言った。

 

それから1週間とすこしたち、

ぼくは、毎日その姿勢と呼吸をおもいだすとやる。

さいしょの数日は、日頃の運動レスな自分らしくふくらはぎとかが筋肉痛みたいになった。

 

精神的な変化は、正直まだよくわからない。

ただ、なんというのだろうか、気持ちがおちついている。

気のせいかもしれないが、庭のみどりが輝いてみえる。

 

姿勢って、表現なのですね。

どのように立つか座るかは、からだからはじまり、

もれなく心にも影響を与えるもののようだ。

 

心とからだは、ひとつのものを別の言い方をしているだけなのかもしれない。

 

だれかが和の心で立ち座っていると、

そこから平和の輪が波紋のようにひろがっていくようにおもう。

 

平和の発生源になれるのは、だれでも。

もしかすると植物や鉱物や動物たちは、

ひとつの例外もなくピースメイカーとして生まれて死ぬまで存在しているのかもしれない。

自然、とは、そういうことなのかもしれない。

 

ぼくも自然をえらぼう。

いつかそのうちなんてもったいぶらず、いまからそうしてしまおう。

 

そんな、あり方のおすそわけが、びどう法なんじゃないかしら。

心より、どなたにもおすすめします!

 

にしごんの微導法 http://bidou0443.com

 


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