おわりのはじまり

 トオルさんは泣いていた。ある晴れた午後、お昼に大好きないなり寿司を食べ、タバコを1本吸い、一瞬満たされた気分になった後、泣くことにした。けれど、涙は一粒も流れていない。嘘泣きだからだ。トオルさんは、涙を流すこともできない自分にガッカリし、また泣いた。過ぎ去った長い時間を振り返り、これから訪れるであろう長い時間をおもい、泣いた。わたしは一体なんのために生まれてきたのだろう。なにをすればいいのだろう。あの夢は、とっくの昔に叶えてしまった。あの夢も叶った。だけど、いちばん、本当に欲しいもの、欲しい夢は叶う気配もない。しばらく泣きまねを続けた後、ベッドに横になり枕をどかし、布団と平行にうつ伏せになってまた泣こうとした。

 

 トオルさんは、いつからかお話を考える人になった。お話を考え、頭に浮かんだ世界を絵にし、いわゆるマンガを描く人になった。それは彼の一つの夢だった。トオルさんの描く世界は、少女マンガとよばれるもので、トオルさんは鈴木ユリ子という名前で世界とつながっている。ユリ子さんのファンは多い。たくさんの読者から、毎日たくさんの手紙が届くほどその世界は魅力的だ。そうした人生における一つの成功ともいえる何かを手にしたのは今からおよそ20年前。トオルさんは、その、夢が現実になったその日の、その瞬間のことをよく憶えている。なんどもなんども頭の中に描いて、忘れないようにしているのはその記憶が彼の人生のもっとも幸福な瞬間の一つだから。

  

 トオルさんはいつの間にか眠ってしまった。夢は見ない。いや、憶えていない。それはトオルさんがとてもつかれているから。どうして、こんなに自分はつかれているのかトオルさんは知っていた。それは自分の人生が嘘から出発しているから。

 

 トオルさんは嘘つきだ。けれどそのことを知るものはトオルさんの他にただの一人もいない。その嘘を迷惑に思う人もいない。嘘は、トオルさんがトオルさんについていることだから。

 

 もちろんそんなことはずっと、ずっと、ずっと前から知っていた。知るという言葉を知るよりも前から知っていた。いや、わかっていた。彼は、男としてうまれたその瞬間から、けれど男が好きな男だった。そのことをはっきりと認識したのはいつだったかわからない。それは、あまりにもそのものとしてそこに、トオルさんのどこかに存在しつづけていて、猫が排泄した後を砂をかけて隠すように、何重にも、何重にもカギをかけて、さらにそのドアの上からまたカギをかけ、そのカギはどこかへ放り投げてしまっても、やはり、ドアはそこにあり、汚い汚物のように、それはトオルさんのどこかに確実に存在し、かすかに、かすかに匂っている、今日も、今も。

 

 泣くことだってぼくはできないんだ。そう小さくつぶやく。悲しかった。とても悲しかった。外を見ると太陽がだいぶ西にかたむき、夜とよばれる時間がもうすぐやってくるのがわかった。トオルさんはベッドを離れ、顔を洗うために洗面所へ向かい、そこで鏡にうつる自分の顔をみた。私はいくつになったのだろう? あと何年、わたしはこうして生きつづけるのだろうか。涙はでなかったがその顔は泣いた後のように少し目がはれていた。

 

 シャワーをあびようか迷ってやめて、けれどおもむろに服をすべて脱いで、下着一枚になって、部屋へ戻って、クローゼットをあけた。スカート、ブラウス、キャミソール、レギンス、etc。女物とよばれる衣服がつまったクローゼットはトオルさんの秘密の場所。太陽が沈んでしまえばトオルさんの時間は終わる。アルコールに依存している自分をわかっている人が言い訳のように使う、夜になったら飲んでもいい。の法則をつかって、トオルさんも日が沈むのをまち、女物の衣服をまとい、化粧などをし、百合子という人物になる。だけど本当は、トオルさん、女の人になりたいわけではない。女性に憧れがあるとすればそれは、男性に愛される、男性と愛し合えるというただ一点。入念に、丁寧に、秒ごとにトオルさんは百合子さんになっていく。それはとても自然なことのように見える。秋の終わりに少しずつ枯れた葉っぱがおちて、木々たちが冬支度をはじめるがごとく、自然に。

 

 百合子さんとなったトオルさんは、泣くこともできる。百合子さんは夜が終われば消えていくはかない存在。だからこそ、自由を与えられている、トオルさんに。好きな音楽を大きな音で流し、踊ったりもする。ウキウキと夕飯の支度などもたのしそうにするし、大きな声で笑ったりもする。トオルさんは百合子さんが好きだ。その証拠に、トオルさんは百合子さんのためにたくさんの洋服を買い、百合子さんの好物も昼間のうちに買い出しにいくし、シャンパンだってちゃんと冷蔵庫に冷やしておく。トオルさんは召使いのように、シモベのように百合子さんに尽くしている。けれど、それは愛とは違う。見返りを求めているから。百合子さんが気ままに、自由に、たのしく生きてくれることでトオルさんは生きる力をもらっている。いや、生きる力をもらいたくて百合子さんに尽くしている。同じ行為でも、大切なのは順番。動機のようなもの。あなたのため、と、いいながら、本当はあなたが元気でいてくれないと私が元気でいられないのならそれは愛というよりも依存。ということで、トオルさんは百合子さん依存症なのだ。

 

 依存されている百合子さんもまた、ひとりでは外に出かけることができない。怖いのだ。世の中が、世間が、世界が、怖い。そのことを百合子さんが自覚しないように、トオルさんはせっせと毎日外で必要なものを手に入れてくる。二人はときどき会話もする。うわべの会話。テレビの誰々が不倫したんだってね、知ってる? 今度、あそこに美味しそうな中華料理屋ができたんだって。など。「自分」について話が及ばないような、大きく自分と関係しない話はいつまでだってできるけれど、はっきりいってつまらない。そんなことはおそらく死ぬ間際には思いださない。大事ではない話だから。あの人が不倫したというけどあなたはどう思う? それは何故? 不倫がいけないと思うのは本当にあなたの価値観? なんでそれがわかったの? 自分にとっていけないことってなに? そんな風に「自分」に向かう話をするのは二人にとってとても怖いこと。ホラートーク。そんなことを本気でし始めたらきっと、どちらかが消えてしまうかもしれない。「私」の消滅は、本能の危機! ということで、ほろ酔い気分で交わされるのは今夜も他愛のない話をシリアスでなく。

 

 1日は、あっという間に過ぎていった。1年はあっという間に過ぎていった。トオルさんは、気がついたときには百合子さんのほか、話し相手がいなかった。鈴木ユリ子先生の担当編集者は、ときどき打ち合わせにやってくるけれど、先生と編集者の関係でしかない。必要最低限の話をしたらもってきた手みやげをいっしょに食べる時間などないのですよ、といった感じにそそくさと帰り支度をはじめる。トオルさんに兄弟はなく、両親も死んでしまった。ユリ子先生にはたくさんのファンがいるけれど、それはトオルさんのファンではない。なんて、さみしいのでしょう。今日も。

 

 だから、死のうと思った。トオルさんは長年、なんども死のうと思ったし、今だってそう思っているともいえる。ズキズキと歯が1日中小さく痛む日には、何をしていても歯のことを思いだすように、いつだってトオルさんは死のことを忘れていない。けれど、死んではいない。試したこともない。死ぬなんて愚かなことを、ということではなく、単純に勇気がない。そう、トオルさんには勇気がない。いやいや、勇気は免許証みたいにしかるべき獲得への努力をしてどこからかいただくものではない。ただ、あるもの。それは、やさしさとか、思いやりとか、怒りとか、そういった目に見えないけれどあるとされているもののように、トオルさんにだってある。というかそもそも、死ぬ勇気というのはいったいなんだろうか、という話だ。自殺。自分を殺す。殺人。人を殺す勇気をください。といったらそれは勇気じゃありません。という話ではなかろうか。勇気は思いやりみたいに、絶対的にあかるい言葉だから。そのあかるさを含めてのその言葉というか、概念というか、存在だもの。

 

 自殺する気がないのだ、トオルさんには。自殺をしようと本気で思う人がお願いごとなどしない。トオルさんは、毎日、星に、大地に、神に、なにかにお願い、お祈りをしている。どうか、この小さな世界から私を救いだしてください、と。その願いはいっこうに通じていない。まったく聞き入れられない。と、トオルさんは思っている。でも、それははてしない勘違い。チャンスは、今日もあった。

 

 ピンポーンとやってきた佐川急便のお兄さんはトオルさんの心をざわざわさせた。かっこよかったのだ。シマシマの制服はその人の個性を半減させて、また、その分、肉体の魅力が強調されて、トオルさんはときめいてしまった。そのざわめきは立派な神様からの贈り物だった。ざわつく心を少しでもみつめれば、トオルさんは自分のなかの恋なのかなんなのか、偉大な感情とつながることになる。それは、たったの今のトオルさんにとってはとても苦しいことかもしれない。でも、それはトオルさんが選んだ感情。その感情というか反応は、男を好きな男が共通して抱くものではない。そのざわめきを原動力に、うきうきと街へくりだし新しい洋服を買う人だっているだろうし、思いきって佐川のお兄さんに「好きです」と、軽口をたたいて楽しむ人だっているでしょう。でも、そんなことはトオルさんにはわからない。悲劇のヒロインになって、昭和の文学者のように苦悩の題材にしてしまって、自分を責める力としてしまったトオルさんにはわからない。そんなものだ。この世界は、たったの一人で探険しているのだもの。誰も彼も。だから本当のわかちあいなんてない。一人一人、一卵性の双子であっても違うのだから。それは大変にかなしいようにも思えるけれど、誰ともわかりあえないことは誰にでも共通におこっていることだとしたら、それをかなしいことというのだろうか。「鳥は自力で空をとべるのにどうしてぼくはなにかの力を借りないと空をとぶことができないんだ! そのことが本当にかなしい」と言っているのとなにかが違うのだろうか。

  

 佐川のお兄さんが届けてくれた出版社に届いたたくさんの読者からの手紙がつまったダンボールをあけて、トオルさんはためいきをついた。神様はどうしてぼくをこんなに苦しめるのですか? などと心のなかで問いかけながら。

 

 こうして、一生、生まれてから死ぬまでトオルさんはブツブツと文句をいいながら生きていくのだろうか。彼をとおして生まれた「世界」を愛する人がわざわざ手紙を書き、封筒やなにかにつめ、宛名などをかき、切手をはるとかなんとかし、自分が感じた気持ちを届けたい、と、行動をおこしてくれた人がこんなにもたくさんいるというのに。

 

 とつぜん、雷が鳴りはじめた。あれ、外はそんな天気だったっけ? と考え、天気のことなど今日一日なにも気にしていなかった自分に気がつきまたためいきをつきそうになるトオルさん。雨もふりだした。ピカピカとグレーの空にフラッシュのようになにかが発光し、けたたましい音をたてものすごい存在感のカミナリ様。キャーと小さく声をだしながら、けれど、本当は怖くないトオルさんは庭にでてみる。雷など怖くない。雷がここに、自分におちてくることなどない。だから、ちっとも怖くない。ただ、うるさいだけ。雷鳴はただうるさく、佐川のお兄さんは怖い、トオルさん。

 

 雨はどやどやと後から後から降ってくる。怒っているかのように思えるドラマティックな空は、雷をともない、こちらにどんどん近づいているようだ。あまりに大きな音。さすがに外にいられなくなって、部屋へと戻り、バスタオルで全身をよく拭き、服を着替え大きな窓から雷観賞をつづけるトオルさん。片手にはあたたかいミルクティーなどをもって余裕綽々。

 

 激しい雷雨はますますこちらに近づいてくる。トオルさんはカメラをもちだしてきて窓越しになんどもシャッターをきる。何十回目かの怒号のような雷の音と稲光がほとんど真上のような場所からくりだされた瞬間、トオルさんのどこかに雷が落ちた。その瞬間、突然、何かにとりつかれたように、トオルさんはクローゼットへ駆け出し、いちばんの気に入った洋服にすばやく着替え、大雨の外へ、庭へとびだした。

 

「神様。お願いです! わたしをそちらへ連れていってください! お願いです! お願いです! もうなにもいりません!」

 

 ずぶぬれになりながら、雷にも負けない大きな声で空にむかってトオルさんは声がかれるほどに叫び、願った。真剣だった。目をつぶると、これまでの人生のいくつもの場面が脳裏によぎる。不満が、こうして自らの死を願う最後へと自分を運んだけれど、幸せな瞬間もたくさんあった。優しくしてくれた人もいた。ぼくのことを好きと言ってくれた人もいた。父は寡黙だったけれどぼくの意思をいつでも大事にしてくれた。母は最期までぼくを気遣ってくれた。ぼくの作品に死をとどまった、と手紙をよこしてくれた人がいた。初めてマンガが書店に並んだ日はうれしくて眠れなかった。幼い頃にぼくの描いた絵をほめてくれた先生のあの言葉、あの笑顔。百合子さんと出会った日のこと。猫のチロちゃんが家にやってきた日。去っていたあの夜。家族でいった上海のたのしかったこと。一人でまわった四国で食べた素うどんの喉ごし。大好きな和菓子屋さんでよくいっしょになった素敵なあの男の子。トオルさんは泣いていた。泣きながら、その場に崩れるようにうずくまり天を仰いだ。ドドーン!!!!!!!

 

 死んだ。死んでしまった。本当に神様はいた。と、思った。この真っ暗な世界が死後の世界だ、と思った。動くこともできず、音もきこえず、ここは真っ暗な、闇。時間の感覚もない。本当に、ぼくは死んだのだ。

  

 いったいどれくらいの時間が経ったのだろう。真っ暗な世界に光が差しこんできた。ここが天国か、と、思ったが、なにやら鳥のさえずりのような音が耳にはいってきた。心臓の音がきこえる気がする。体がまだある感覚。目が、あいた。あいてしまった。あまりにまぶしくて、目が痛い。ここは天国? わからない。けれど、よく、よく知っている木がみえる。景色がみえる。音がどんどん耳にとびこんでくる。とても重たいけれど、体が動くことがわかる。ああ。死んでいない。これは、生きているということかもしれない。絶望のようなおもたい気持ち。希望のようなうきあがる感覚。そのまましばらく生と死をぼんやりとたゆたい、トオルさんはびしょびしょの洋服をひきずるようにして部屋にもどった。

 

 生きている以上、しかたがない。と、服を洗濯機へ入れて、熱い風呂に入った。もうなにも考えられなかった。生きていて嬉しいのか、死ねずに苦しいのか。そんなことは考えたくなかった。ただ、ただ、熱い湯船につかり、冷えた体をあたためた。どのくらいそうしていただろう、すっかりのぼせた体で這うようにして台所にいって、何杯も水を飲み、そのまま布団に直行し、寝た。

 

 体はピクリとも動かない。ただ、胸のあたりが呼吸にしたがって上下はしている。生きている。生きた体をここに残し、トオルさんは別の世界にいた。

 

 空をとんでいた。自分に羽が生えているかはわからないけれど、おそらくそういったものは生えていない。だけど、飛んでいる。少しへその下あたりに力を入れると上昇し、力をゆるめると下降する。スピードの感覚はない。気持ちが前へ、と、焦ったようになるとすこし速度がはやくなるような気がする。くわしいことはよくわからない。だけど、不安はない。とても気持ちがいい。

 

 街のような場所がみえた。街、に、関心がうつるとある店のようなところにいた。ぼくのことは誰にもみえないみたい。そこにいる人たちは歌をうたったり、お酒を飲んだり、タバコをすったり、笑ったり、しゃべったり、寝ている人もいたり、さまざま。たのしそうにみえる。あ、すごくカッコイイ人がいる。と、思ったら、その人は目の前にいた。男はすこしゴツゴツした体をして、顔の骨格もしっかりしていて目は大きからず小さからず。彫りがやや深い。口は、とりたてて印象的ではないけれど歯並びはキレイ。男の息はタバコとお酒の匂いがした。なにやらぼくにむかって話しているようにもみえるけれどなにをいっているのかまったくわからない。声は聞こえない。左の二の腕には痣のようなものが少し短めのTシャツから見え隠れしている。濃いグレーのTシャツは肌触りがよさそう。……わ、わからない。この感覚はなに? この人はどんな人なのだろう? どんな人が好き? どんなことに笑うのかな。どんな風に泣くのだろう。泣き顔は? なにをよく食べるのかな。どんな風に食べるんだろう? いびきはかくかな? よだれをたらして寝たりもするのかな。寝起きは? どんな風に好きな人をみつめるんだろう。好きな人いるのかな。どんな裸をしてるんだろう。抱き合ったら? キスしたら? セックスしたら? 怖い!! なに考えているんだ。気持ちが悪い! ……でも、ぼくは死んだんだった。死んだんだからもういいよ。もう、いいよね。

 

 目の前に、母がいた。母は、ぼくのお母さんはニコニコしていた。やっぱりぼくは死んだんだ。「お母さん!」。声になったのかなっていないのかわからないけど、そう叫んだ。母は、ぼくを抱き寄せ、頬を流れる涙を手で拭ってくれた。ああ、お母さん……。ど、どうしてここにいるの? ううん、そんなことはどうでもいいの。お母さん!! また会えて……。うれしいよ……。泣きながら、声にならない声でそれだけを言って、トオルさんは泣きじゃくっていた。お母さんはただ、トオルさんをしっかりと抱きしめ、赤子をあやすようにやさしくゆっくりトオルさんの背中をさすった。

 

 目を覚ますと、布団のなかにいた。いったい今は何時なのだろう、外からは薄明かり。いやいや、ここはどこだろう? 天国でも地獄でもなくこの世なのだろうか……。枕は汗かよだれか涙かで冷たくぬれていた。服はなにも着ていなかった。強烈な二日酔いの朝みたいに、しばらくなにも考えられず体も動かせずただ、浅く呼吸だけをしていた。そうしている間に、外からは鳥のさえずりや遠くのほうでバイクの音。暗かった部屋がどんどんと明るくなっていく。あさだ。あさがやってきたのだ。ぼくはいきていたのだ。あれは夢だったんだ。お母さん……。よろよろと、生まれたての小さな動物みたいに不器用にベッドから這いだし、カーテンをあけた。うまれたての今日の太陽が、一日の到来を力強く伝えている真っ赤なその輝きに圧倒された。ぼくは、生きている。

 

 熱いシャワーをあびると、自分がものすごくおなかが空いていることがわかり、トオルさんは冷凍してあった食パンをとりだし、卵をわって、ソーセージを冷蔵庫にあったピーマンやら玉葱やらといっしょに炒め、コーヒーをいれて、朝食をとった。パンも、目玉焼きも、野菜炒めも、コーヒーも、どれも、初めて食べるみたいにビックリするほどおいしかった。いったい今までぼくはなにを食べていたのだろう? そう思って一瞬かなしくなったが、かなしみを上回るよろこびにそんな疑問は忘れてしまった。ガツガツとテーブルに用意したすべてのものを食べ終わると、深く深く深呼吸をした。それからパチンと両手で両頬をたたくと掃除にとりかかった。床という床に掃除機をあて、それからぞうきんで丁寧に水拭きをし、窓も一枚一枚、すべてふいた。風呂も洗面所もトイレも磨いた。汗だくだった。着ていたTシャツを脱ぐと別のものに着替え、今度はクローゼットにむかい、大量の衣服を引っ張りだしゴミ袋に入れた。次は本棚。次はCD。キッチンの調味料、冷蔵庫、仕事部屋の紙資料もろもろ、靴箱の靴、家中のありとあらゆる場所にむかっていき、それはたくさんのものを処分した。気がついたらお昼になっていた。トオルさんはふたたび風呂場へいき、今度は湯船に湯をはって、入った。

 

 湯船につかっていると、きのうもここにこうしてつかっていたことが思いだされた。生きているのか死んでいるのかわからないような状態で、この、同じ場所に同じ向きで同じような姿勢でたしかに存在したのは同じ自分なのだろうか? トオルさんは、自分が死のうとしたことも思いだした。雷にうたれて死んでやろう、と、雷雨のなかに飛び出したことをおぼろげに思いだした。ぼくは、あのとき、ほんとは死んだんじゃなかろうか? あの夢はほんとうに天国か地獄の世界で、今、こうしてここにいるのはあの世でみている夢みたいなものなんじゃなかろうか。トオルさんはこうも思った。本当は死んでいて、この世に未練が残っていて成仏できずに戻ってきた霊のようなものになったのではないか? と。その考えが浮かぶと同時に、その未練はなんなのか、と、疑問がわいてきた。答えはすぐにわかった。誰かを思いきり好きになって、その人のためにいろいろなことをして、できればその誰かから同じように好きになってもらいたい。ということだった。トオルさんは胸のどこかがギュとしめつけられるように苦しくなった。頭を湯船のなかに深々ともぐらせ息をとめた。

 

 数分後。ブハー! トオルさんは湯の中から飛びでて、ゼーゼーいいながら息を吸った。「死んだ」。「ぼくは死んだ」。「生まれた」。「ぼくは生まれた」。「よーし!!!!」。暗号のようにそれだけいうとザブンと思いきり水しぶきをたてて風呂をあがった。

 

 トオルさんは、昼食を外に食べにいく、と決心していた。歩いて駅前までいってなにか食べてやろう。昼からビールでも飲んでやろう。シャンパンだっていいぞ。そうだ、オシャレをしてやろう。昼ごはんのために、オシャレしてやるんだ。もったいぶってつけてなかったあの香水だってすればいい。お金もばんばん使うぞ。そうぶつくさ言いながら、支度にとりかかり、30分もしないうちに揚々と玄関をでていった。

 

 これは、トオルさんのはじまりの午後だった。ひとりでランチをして、駅前のデパートや商店をのぞいてはなにかを買い求め、あの死にたがっていたトオルさんはこのあかるい午後に死んでしまったようだ。どこかへ消えてしまった。帰路。大量の荷物をかかえて乗り込んだタクシーで、これまで一度もなかった運転手と天気以外の話に応じるどころか、自らの話などもし始めて、運転手の身の上なども聴き、用などない別の場所を経由してもらって時間稼ぎをするほど会話に夢中になっていた。名刺をもらい、少し、待っててください、と言って到着した家にいったん戻り、自分の名刺を渡しさえした。それは人生で初めての経験だった。

 

 その夜はトオルさんのまま過ごした。お酒ものまなかった。晩ごはんは寿司の出前をとった。寿司を食べ終わると、買ってきた小さなホールのケーキにろうそくをたて火を点し、電気を消して、火をふきけした。ろうそくは1本だった。今日は、トオルさんが決めたトオルさんの誕生日。ハッピーバースデートゥーミー! ケーキにはチョコレートでご丁寧に「トオルさん1才おめでとう」とかかれてあった。おめでとう、と言い、ありがとう、と言い、トオルさんは泣いた。そして笑った。もう何も怖くないような気分だった。最高の夜だった。このまま死んでもいいくらいに満足だった。抱きしめるような気持ちでベッドまでケーキを運んで、もう一度ろうそくに火をつけて吹き消し、気絶するようにベッドに倒れ込み、あっという間に大きな寝息をたてはじめた。(おわり)

 

 

 


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