ゲップ

映画はとてもおもしろかった。

そんな映画のあとのおしゃべりはまた格別だ。

だけど、今夜はそんなに面白くない。

またあの女がくだらないことを言いだすから。


「あの女優の目は整形かな? 目頭の感じがおかしいし。あ、弟役の人、かっこ良くなかった? アタシ、ああいう口、好き。格好もああいう人がいい」

 

さあ、はじまった。

いえ、別にいいのです。

女優さんの整形は私も気になったし、

私もああいう服を着たような男の人に目がいくから。


そう、私たちは友だちだし、趣味もあうし、仲良しだし、親友だし。

でも、やっぱり、そんな話が開口一番でてくると、ゲって思う。

つまんない気持ちになってしまう。

そんな私の顔色をさっと察知してか、

あの子がこちらをきっと睨むように見る。

私はその視線に気づきすぐに笑顔をみせる。

 

「もー、ほんとに私もああいう服きた人がいい〜! どこにいったら出会えるかね?」。

 

私の口は、はしたない。

軽蔑しながらも同調するのだから、こんな風にあっという間に。


「知らない」。


あの女はそれだけの返事。

あいかわらず冷たい。

でも、本当は優しいことを私はしっている。

いつも私が困っていると相談にのってくれるし。

ほら、今日も、私がありすぎる種類の飲み物を迷っていると

彼女が決めてくれた「生ビール2つ」。

 

むかつく。むかつく。むかつく。

ビールのせいだ、きっと。

このなにもかも吐き出してしまいたい衝動はきっとビールのせい。

私はまだ全快じゃなかったんだった。冷えたビールが体を冷やす。


帰りたい。

帰って風呂に入ってふくらはぎをマッサージして寝たい。

パジャマに着替えたい。ああ、むかつく。

「え、ごめん。ちょっと聞こえなかった」。


また、嘘をいってしまった。

聞こえなかったわけじゃなくて聞いていなかったのだ。

ゆう子の言い草を聞いていたらとても聞く気になれなかった。

 

「やっぱりステータスって大事じゃん? 結婚したいけど仕事もしたいし、でもそこまでバリバリ仕事をするのも疲れそうだからある程度年収がないとムリ。子供だって貧乏な男と結婚したらつくれないでしょ? だって、ムリじゃない? なんかユニクロとかシマムラとかの服ばっか着てさ、子育てとかいって。そんなの幸せじゃなくない? 智子は平気かもしれないけどアタシは絶対ムリ。第一そんな貧乏だったら子供も可愛そうだし」。


この女は本気でこんなことを思っているんだろうか。

はっきりいってバカだと思った。

なんで私はこんな女と友だちなんだろうか、って思った。

類は友をよぶっていうけど、嘘だと思う。

でも、私は言ってしまうのだ。「わかる〜」って。

 

ゆう子にだっていいところはある。たくさんある。

いつだって私にメールをくれたり電話くれたりして気にかけてくれるし

恋とか就職とか、未来のこととかいろいろ、

いつも私以上に私のことを考えてくれるし。


でも、

それ、

本当はすごく嫌。

むかつく。親かよ、って思う。

ていうか、親でもそんなこと言われたくないって思う。

 

「智子はさ、サラリーマンがあってるよ。絶対浮気しないような真面目な人。それですぐに結婚して世田谷とかにマンション買ってさ、子供は二人って感じ。なんか、今、すごい想像ついた! 智子がベビーカー押してる姿。なんか幸せ、って感じした。いいね〜、きっとこれ、正夢? 夢じゃないけど現実になるよ! うん、絶対」。

 

なんで私はこんなことを言われているのだろう。

絶対、とか言ってるけど、お前、ナニサマだよ、って感じ。

 

「ゆう子も子供ができたらいっしょに公園デビューしようよ!」

 

「ていうか、私はバリバリ働くからさ、子供は後ででいいや。智子の子育てが落ち着いた頃に生むからさ、たまに面倒みてくれない?」

 

絶対に嫌。ファック。


「私、変なこと教えるかもよ? アハハ」

 

「そしたらアタシ、キレるよ。子供に関しては私ギャグとか通じないから」

 

殺してしまうかもしれない、とすら思った。ゆう子の子供。親友の子供。

なんだろう、この気持ち。このダルい感じ。

熱がまだ下がらないって嘘をつけば良かった。

映画も気持ち悪い場面がいっぱいで思いだしたくもない。

 

「ナマ2つ〜」。

 

私の分をまた頼んでいる。

ゆう子、死なないかな。明日、死なないかな。

 

「乾杯〜」。


バカみたいなのは私。死ねばいいのは私。

私、親友がいる人生に憧れてた。

いつも一緒にいられて、彼よりも大事な親友。

子供のころに見た

テレビドラマのあの二人みたいに缶ビール片手に夜明かししてさ、

いっしょに泣いて、笑って、そんな親友。

なんで、私にはゆう子なんだろう。なんで?

ゆう子はトイレに行ってしまった。

どこかホッとしている私。こんな親友関係。

 

「そろそろここ出て、もう一軒行かない?」

 

「いいねえ。でも、ごめん。まだ、ちょっと風邪が完全に治ってないみたいだから帰ろうかな」

 

「ふーん。そう。」


「じゃあ、一杯だけなら」

 

「いいよ、いいよ、ムリしないで! ごめん、ちょっと淋しくなっただけ。ていうか、風邪、お大事に!」


 

解放。

やっと一人になれた。

友だちといない私。


ゆう子はあっという間に別の友だちを誘い、行ってしまった。

週末の夜の街に風邪気味の女が一人。

この女はさみしい女に見えるだろうか。「さみしくなんかない」。

 

家に帰ると、戻した。

ゆう子と飲んだビール、

鶏の軟骨、

フライドポテト、

たこわさ。

サバの味噌煮。

おしんこに抹茶アイス。エトセトラ、エトセトラ。

涙を流しながら戻した。

体はいい。こうしてわかりやすく吐き出してくれるから。

でも、心はそうはいかない。

ゆう子の呪いのような私へのやさしい言葉が吐き出せない。

 

「智子は大丈夫だよ、きっといい彼がみつかるよ。真面目で優しい彼が」。

 

決めつけんな! 

 

「今日のそのスカートの色、智子っぽくなくない?」。

 

黙れ! 

 

「智子のことが大好きだから、親友だから言ってるんだよ?」。

 

やめて! もう、やめて……。私のこと縛らないで。

あなたのその言葉で私のことを殺さないで。私の夢を壊さないで。

お願いだからもう、これ以上私に近づかないで!


……でも、そんな酷いこと、言えない。

私のことを思ってくれる人にそんなこと。

 

風呂場に行くと、湯船にお湯ははられていなかった。

ゴーゴーと蛇口から出るお湯はそのままゴーゴーと排水溝に流れていた。

 

「バカ。バカ! バカ!」

 

バカな私は蛇口をさらに逆にひねり、

ゴーゴーとますます大きな音をたててお湯が流れていく。

私の涙腺もネジがバカになったように涙があふれてとまらない。

とめることができない。

 

「私、もう、これ以上、自分に嘘をつけない。だから、ごめんね。さよなら」。

 

智子のことを考えて口をついた言葉はまるで別れ話のようだった。

 

……なんか、恋人同士みたい。……あ。べつに、別れたっていいんだ、友だち同士だって。距離をおきたい、とか、関係を考えたいとか、価値観がやっぱり合わないとか、そういうこと言ったっていいんだ。私にも、フる権利はあるんじゃん。ムリしてつきあうこともないかもしれない。それこそ子供がいるわけじゃあるまいし)。

 

智子の心が一気に喋りだした。

 

「ごめん。ほかに好きな人できた」。


(これは意味わかんないかも。笑える。でも、誰を好きになってもいいんだよね、きっと。なんだ、そうだ、おんなじゃん。恋人も友だちも人間関係だし。他人だし。ていうか私、ゆう子のものじゃないし。いつかできる彼氏のものでもない。私、もういいや。もういいかも。もう今日は風呂もいい。やめた。やめた)。

 

饒舌な心に背中を押されるように智子は風呂場を勢いよく後にし、

濡れた体を乱暴にバスタオルで拭きながらキッチンに向かった。

冷蔵庫からキンキンに冷えた缶ビールをとりだし一息に飲み干すと、

大きくて長いゲップをした。

「ふー生き返る〜」。

智子は笑った。



(おわり)

 



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