4本目

 

今回わざわざ、大きな橋を渡り数十分かけてそのツタヤへ借りに出かけたのは、

「ボーダー 二つの世界」という作品が観たかったから。昭島店にそれが置かれていたから。

その自分のレーダーというのか直感はすばらしいなと思った。

感動とかハッピーエンドでルンルンとかそういうことは全然ない映画だったけれど、

そういう気分を欲しい時もあるけれど、この映画に求めていたことはそうしたものではなくて。

言葉にするなら「気づきが得られそう」というもの。

果たして、それは得られた。

 

内容を書かないとまるで伝わらないだろうけれど、内容を知ったら面白くないみたいなお話で、

だから、予告動画を貼ります。気になる人はぜひ!

 

気づきを書きますと、それは、

自分を「人間」と、あたりまえのようにカテゴライズというか認識してきた私ですが、

そして今日も自分を人間と思いますが、

自分を「人間」とすることにより、ノイズキャンセリングのように、

本当はある可能性や能力などが「いや、それは嘘。迷信。インチキ。ありえない」みたいにして、

意識にのぼる以前に、それこそ無意識的に「NO」とされていることがあるだろう、というものです。

 

って、なんか言葉にするのはむつかしいし、

なんと今日は大変久しぶりに友だちの家で夕飯をごちそうになるという予定ありの日。

パジャマでこれを書いている場合じゃないのである。

なので、数日前に友だちとの「文通原稿」にて綴ったものをコピペしてみよう。

そして、映画は少々胸糞悪いことも描かれてることもご考慮の上、観るかスルーか判断くだされ。

 

 

唯一無二を生きる

 

気になっていた映画をDVDで鑑賞したところ、頭がグルグルするインパクト。疑うことなく自分を「人間」と思って生きてきたことにより、「人間とはこういうもの」という深い深い思い込みが作られ、知らず知らず「人間の常識」という枠の中に生きていたのかもと開眼。自分を「人間」というカテゴリーに収めず「わたしは唯一無二である」というところから始めよう。普通に考えて「ない」ことだって、わたしには「ある」ということはある。奇跡みたいなことがさらっと起きたって何もおかしくないのだ。

 

 


3本目

伊丹十三「静かな生活」は、たぶん実家にいた時代にそれこそレンタルビデオで観た、ビデオで。

それはもう20数年前の話。もう、本当にどこもかしこも覚えていなかった。

自分はそれを観ていないのではないか? とすら思う。

ひょっとして今回が初見だったのかもしれない。

でも、いかにもぼくの好きそうな映画だから、

レンタルビデオ狂していたあの時代に、これをスルーするはずがない。

観たのか観ていないのかわからないというこの現象がすごい。

 

 

さて2020年に観たそれは、とても不思議だった。

観終わってしばらくしてからミッチーに感想を聞くと「なんの映画かよくわからなかった」と言っていたが、同感。

いろいろ盛り込まれていたが、盛り込まれているからか、

果たしてこれはなんの映画なの? だし、

こだわり男の伊丹さんだけれど、この映画を作りたいと思って作ったのかな? とも思った。

 

個人的にはストレンジな映画だったけれど、とはいえ嫌いではなかった。

むしろ、その世界は居心地が良くて、まだまだ観ていたい感じ。好きな世界だった。

伊丹映画って、伊丹ワールドという感じ。

本人の美意識とか知性とか、センスみたいなものが徹底されていて、

だから、どれも嘘みたいに思える。ザ・フィクション。

その、現実を模して構築された架空の世界が、ぼくは好きなのだな、とあらためて思った。

 

宮本信子の、

なんでもない人として生まれ、なんでもない人として生きて、なんでもない人として死んでいく。

というセリフが心に残った。

 

なんでもない人として生きる。

 

映画には、なんでもない人ではない人がたくさん出ているけど、

でも、わからないが、なんでもなくなく見える人も、本人はなんでもない人なのかもしれぬ。

 

DVDを所有したいとは思わないが、

10年とか20年とかしたらまた観てみたいな、とか思う。

 

あ。この間の「パラサイト」は、もう完璧って感じに整っていたけれど、ああしたものよりも、

こうしたちょっとよくわからなかったり、いびつだったり、破綻していそうな世界がぼくは好きなのかもしれない。

 

そして、主役の若かりし渡部篤郎がひたすらキュートだった。

渡部篤郎を初めて知った「愛の天使」という昼ドラ、超好きだったなー。


2本目

 

 

 

オリンダのリストランテという映画がこの度の2本目。

DVDのパッケージとそのタイトルから、ほのぼのとした暖色系の映画を想像していたら、少し違った。

イメージの暖色系の世界よりも色彩に黒味が入っていて、内容もそのような感じで、

とても好きなシーンがいくつかあった。

音楽が素敵で、観賞後に好きな音楽の場面をムービーに撮ってみた。

 

こういう色合いとか光って、日本にいるとあまり遭遇しない気がする。

もっと日差しが強烈で、生きる人の血が沸騰している、そういう土地に似合う色彩。

ぼくは、全然そのような人間ではないが、だからこそ憧れたりする。

あるいは、前世の記憶だったりするのかもしれない。

 

たまたまビデオ屋さんで手にとって気になり借りた映画に

こうして心が動くということの確率たるや、どんなものでしょう。

それを奇跡と呼ばずして何を奇跡と呼ぶのでしょう。

 

が、思えばそんなことはたんとある。

何度も何度もある。映画やら本やら音楽やらに。

その奇跡は、ある種、当然の帰結なのかもしれない。

なぜって、自分の好みのものを自分で選んでいるのだもの、なんの不思議もない。

ちなみに、ミッチーは、そうでもなかったみたい。

どうだった? と尋ねるも、首を傾げて終わり。一言も感想を言わなかった。

そう思うと、ぼくにとっての奇跡だったのだよね。そして奇跡でもないのかもという話。

 

選ぶとき、直感が働いていると思う。

少なくとも直感的に「これ」と決めていると思う。

手にとり迷うところまでは、

タイトルから想起されるその世界が好きかや、

パッケージとか裏面のシーン写真のトーンなんかによると思うけど、

最終的な「これ借ります」という決定打は、直感なんじゃないかしら。

 

ぼくは目下、Amazon primeやNetflixなどをやっておらず、

アナログにDVDをTSUTAYAにて借りているのだけど、

そのスタイルが自分は好きなのだ、と気がついた。

 

選ぶときに自分と向き合う感じ。

今、自分はどのような世界をそこにみたいのか。

どのような世界観に貴重なる約2時間を費やすのか。

1本いくら、借りてきて返しにいく時間、エネルギーなどが頭にあるため、

お遊びだけどとても真剣に選ぶ。

それが好きなのだとあらためて思った。

 

定額制で、借りに行く手間などもかからない配信はとても魅力的だけど、

アナログの手間やら不自由さの魅力の方がぼくには勝る。

それから、映画を家で観るという時間は、日常じゃなくていいということを今回思った。

適当にテレビを見ているのと、DVD鑑賞は、「見る」と「観る」という感じ。

集中の度合いが違う。

日々は、だらっとテレビの好きな番組を見るのがいい。

ときどき、短期集中的に気になる数本を観るくらいが、今日のぼくにはちょうどいいのだな。

 

今回の「4本」みたいに、数が限られていることにより、

ぼくのようなロマンティストは作品に運命やら縁やらを勝手に感じる。

なぜ、今、この作品を観ることとなったのだろうか、と妄想が楽しい。

 

残り2本の一本は、伊丹映画。もしかすると20数年ぶりの鑑賞という作品。楽しみです。


観賞

 

ようやく「パラサイト 半地下の家族」を観た。

去年11月の北京からの帰路にて、小さい画面で観たのだけど、

なんの気なしにスタートさせたら、グイグイ引き込まれ、

これは、ちゃんと観たい! と、

途中の機内食タイムでは、食べながら観るということをしなかった。

そうしたところ、ラスト30分くらいのところで「到着します」みたいになってしまった。

 

当時はまるで話題ではなかったため、行きの飛行機では、

何回も観ているドラマ版のSATCを流したりしていた。悔い。

 

映画は今年に入って日本でも公開されたが、なにせお金に余裕がなく、

1800円とか払って映画を観ている場合じゃないよね、となり、放置。

忘れた頃に、ふと検索したら、この7月にレンタルビデオされていて、すぐに借りに行った。

 

ぼくが機上で観ていたところは、絶妙にいいところで、

その後の展開は、それ以前の展開と比べて、個人的にはそんなに惹かれなかった。

けど、実にすみずみよくできている極上のエンターテインメントだなあ、と思った。

とても面白かった。

 

風呂に入りながら、映画を検索。「こんな伏線が!」みたいなサイトをはしごし、

いろいろ、ふむふむとなったが、

個人的に、いちばんヒットだった検索結果が、この画像のお言葉。

 

「パラサイト」の監督さんのアカデミー賞の受賞スピーチで、

会場にいた敬愛するスコセッシ監督に向けて、このようなことを語ったのだそう。

 

【最もパーソナルなことが最もクリエイティブ】

 

最もパーソナルなことが最もクリエイティブということに、なるほど、と思った。

なぜって、最もパーソナルなことというのは、言い方を変えると「最もニッチなこと」であり、

「最も自分が詳しいこと(というか、自分にしかわからないこと)」だものね。

 

あらためて思った。

このモノの見方、世界の捉え方、言語感覚、感受性、肉体、環境etc、

それはつまり、この宇宙というものは、ぼくだけに広がっているということを。

(その宇宙は、あなただけに広がっている)

 

同じ宇宙、世界にいると思っているけれど、みんなもれなく違う。

似ている人もいれば、かけ離れている人もいるけれど、とにもかくにもまるきり同じ人は存在しない。

だから、最もパーソナルなことは、ものづくりに置いて、最もクリエイティブということになるのだろう。

 

誰かと、みんなと相談して「ここはこうですよね。多数決をとりましょう」などとやったら、

ヒットする人の数は増えそうだけど、たとえば芸術性とか創造性みたいな点で言えば、

仲間を増やすほどに、薄まっていくのではないかと思う。

 

「パラサイト」は、映画素人が適当なことを書きますが、

そのニッチとマスの塩梅が絶妙な感じがした。

金曜ロードショーとかで放送されないだろうけど、案外万人受けをしそうな作品という気がする。

映画玄人も素人も「良かった」と言いそうというかね。

 

あ、いつものことながら何を書いているのかわからなくなってきた。

 

久しぶりに「DVD観たい」となり、今回は4本をレンタル。

残り3本についても、観たら何かを記しておきたいな、と思う。


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