牡羊座の満月

 

牡羊座の満月によせて、アストロダイスをふってみました。

質問としては、どのような心持ちであると、そのエネルギーとよき同調をできるか? というもの。

以下、メッセージ&解釈。

 

とてつもなく宇宙人。地球人じゃなくて宇宙の人、存在であることを認識して、

自分に備わった能力、DNAをスイッチオンにすると意図する。

 

なるほど。って思った。

そうだよな、ぼくたちは日本人とかアジア人とか、いろんなくくり方ができるけれど、

人間とか、知的生命体(?)とか、そうしたカテゴライズも自然としてしまいがちだけど、

そもそも、宇宙の一部である。

宇宙の一部ということは、宇宙である、ということである。

自分が宇宙であるという、壮大ともいえる場所に立つことが大事なのではないか。

なにを真実とするかは、その人その人の意識による。

 

自分はゲイで、中年で、大学中退で、貯金もなくて、NOをいえない日本人で......。

などとやっている場合じゃなくて、

I am 宇宙! と、いきたい。

そうして生きることのどこも悪くないではないか。

 

宇宙的なものとの同調は、自分の意識をひろげる。

ひろげていくこととは、自分を無私にしていくことで可能なのかも、と思う。

 

みなさま、よき満月デーを!

そして、超ハードな台風を、誠におつかれさまでした。

お互い、ゆっくりしましょね。


今日のエネルギー

 

きっちりと自分のするべきことをする。

それをすることを誰かがどこかで見ている。

物理的な目ではなくても、見ている、感じている、

その行いの、あり方のエネルギーを確実にキャッチする者がある。

目に見えない世界には時間も空間もない。

たとえ、何億光年離れた場所にいたとしても、その影響を受けない。関係がない。

そんな宇宙にわたしたちはいる。

そこがわたしたちの命のありか。

 

ご縁のためになにかをするのではなく、

自分が感じる行ないをする。

目的のための手段ではなくて、手段こそが目的と生きる。

そのようなあり方が、今日のエネルギーにふさわしいのだろうと思います。


天秤座新月のメッセージ

 

とんでもないくらいにあたらしいことを行うことができる

いつからでもあたらしい人間関係を築くことはできる

あたらしい人間関係は自分が望むところからはじまる

どんな人と仲良くいたいのか

どんな人とともに時をすごしたいのか

残りの人生をどのようにすごしたいのか

なにを成したいのか

なにを成すのか

いまいちど、今日の新月に胸に手をあてて感じてみる

考えるのではなくって感じてみること

そうすると、なにかを変えたいと思うかもしれない

その、思うこと、とは、だれの声だろう?

自分のどこからやってきたことばだろう?

わからないのはとうぜん

わからなくてもいい

答えはひとつではない

自分の中からわきあがるものを信じてみる

 

わたしはこう生きたいのだと高らかに自分にむけて宣言してみる

 

そんな新月 

 

あたらしいバランスを お金や地位や名誉をこえた自分自身のあたらしい人生をはじめる天秤座の新月


今日のエネルギー

とんでもなく深い部分、

それは、あなた自身の深層心理というレベルではなくて、

ひょっとすると、先祖代々受け継がれてきた、DNAレベルの変容のチャンス。

そのようなイメージがポーンとやってきた。

 

変容への鍵は、意欲。

意欲的に変わるといっても、どうしたらいいのだろう、となりますよね、わかります。

それはただ、気づけばいい、そういうことのようです。

 

無意識にしている、自分と超一体化しているなにか。

それを癖とよぶのでしょうけれど、癖というか、精神的骨格みたいなものかもしれない。

骨格、骨なんてどうしようもないでしょう?

と、即座に思うのだとしても、それは現代に生きていたらふつうのことかもしれませんが、

それも、また「癖」と、みることもできる。

 

そのように、思い込んでしまっている。

それは変えられないのだ、しかたがないのだ、と思い込んでしまっている。

それを、「あれ、これは思い込みなのでは?」と気がつくと、そこに変容の渦がうまれる。

そして、自分がその変容の渦をそこにイメージすることで、ますます渦はくっきりはっきりとし、

とうぜんその威力も増す。

 

きょう、誰かに会うことになっているのだとしたら、

そのお相手との時間に全力を注ぎましょう。

いえ、「がんばる」ということではなくって、なんというのでしょうか、全力でいる。

全力でその人とのただ一度だけのその瞬間をあじわう。たんのうする。たのしむ。

 

そのような、本気のエネルギーは、相手の奥深くにその振動が伝わり、

ふたりはひとつになる。愛し合えるのでしょうね、その瞬間。

 

 


バランスを拡げる

今日のエネルギー予報は、

バランスを拡げる、という言葉からやってきました。

 

自分が快適だと感じているスペースをひろげてみることができる日です。

それは物理的なスペースかもしれませんし、

目に見えないものかもしれません。

 

たとえば家の中や仕事場などから、余分なものをとりのぞく。

とりのぞくことは、スペースを生むことにほかなりません。

 

余分なものがわからないのならば、自分に尋ねるのみ。

 

これ、好き?

これ、もっていたい?

これがあると自分は心地が良い?

 

過去の自分がすべてに、Yesを言ってくるかもしれません。

あまりにも自動的なYesなのだとしたら、それは古い自分の声かもと疑ってみるとよいかもしれません。

 

その場合、もう一度、

襟をただすように、精神的にもう一度自分としっかりつながることを、

それにふさわしいと自分が感じる動きでやってみる。

咳払いかもしれない、のびかもしれない、目をつぶることかもしれない、それはなんでもよいです。

 

そして、ふたたび、自分に尋ねる。

今現在のわたしにとって、本当に必要なものですか?

これから向かっていくますますすばらしいわたしに不要なものを教えてください。

 

そのように問いかけたら、ひたすら意識を自分の感覚にむけてみる。

好きな食べ物を前にしたときと、苦手な食べ物を前にしたときでは、

全身がまるで違うのだということは、誰でも知っているのではないかと思う。

それは、誰しもが自分の感覚としっかりつながっているのだということ。

 

自分とつながりましょう。そして、平和で美しいスペースへと、自分のセンスで動いてみましょう。

実際にからだを動かせないのなら、心の中でスペースの整理整頓、棚卸しをしてみること。

 


エネルギー予報

自分の中にはすくなくても2人います。

良し悪しの判断をするわたし、

すべてのことをそのまま受けとめるわたし。

どちらが心地よいでしょうか?

 

あるものをそのまま受けとめることがむつかしいと感じることこそ、

いったんそのまま受けとめてみる。

心の底から受けとめられなくてもいいのです、ふりでいい。

OK、わかったよ。と、寛大なふりをしてみる、心の中で。

その余裕はそのまま見えないどこかのスペースの余裕となります。

 

ひろがった視野から、けれど、やっぱりNOだわ、となったとしたら、

それが自分の応えなのだからNOする。

 

だけど、自分はこうなのだ、と、いつもすべて一択にしてしまうと、

あたらしいことはやってこない。

それはそれで自由だけど、ちょっと窮屈で退屈なんじゃないかしら、と思う。

 

今日は、自分の中に大人のわたしの相棒として、7歳の革命児を呼びだしてみましょう。

 

えー、やだ! なんでとかわからないけどやだ!

 

そういう7歳児は、大人の自分をふりまわすでしょうけれど、

すごくエネルギッシュな自分を感じられるはず。

 

頭ごなしに7歳児に「ダメ!」と言うのではなくって、

かつての自分がしてもらいたかった風に、

「そっかそっか、嫌なのね。うん、わかったよ。だけど、今日はこうさせてほしいな。いい?」

ってな具合に、対話をする。対等に扱うこと。

 

子どもが教えてくれることってたくさんあると思うのです。それは内なる子どももいっしょ。

 

 

 


今日の予報

目に見えない領域を耕す。

そんな言葉がふってきました。

目に見えないどこかは、耕されることを待っているのかもしれません。

 

目に見えない場所を、どうして耕すことができるのでしょうか。

それは、意識を向けるということなのだろうと思う。

 

目に見える現象とセットに、目に見えないどこかにも写し鏡のようになにかしらが起こっている。

たとえば、燃え盛る火を前にして自分のどこかに、それを怖いと感じるエネルギー、

あるいは、血がたぎるようなうねり、

そのように、どこかが必ず動いている。

 

そう考えてみるだけで、目に見えないどこかがうっすらと脳裏に見えてくる気がしませんか。

 

耕すという行為は、クワか何かで土に連続的にエネルギーを注ぎ、攪拌するようなもの。

奥が前へ、前が奥へ、まじりあう。

 

自分が「こう」と思っていた枠に気がつけば、その枠を壊すことができる。

枠が壊れるとき、おそらくさらに大きな枠が生まれる。

肉体をもって生きている以上、枠そのものから完全に自由になることはできないのかもしれない。

自由とは、不自由の中にあるのかもしれない。

 

だとしたら、不自由を嘆くのではなく、不自由をあそぶ。

不自由だからこその自由なのだと、その見えざる表裏をありがたがってみる。

 

ごくささやかなことひとつでも、きのうまでの自分から意識的に脱皮してみると、

現実世界は、思いの外おおきく動くかもしれません。

 


今日の予報

今日の予報という言葉がふいにやってきた。

そして、予報の方法もやってきた。

占星術の星座と天体のくみあわせから浮かぶことを書いてみなさいな、そういうヒントがやってきた。

 

 

 

本日9月7日の予報です。

 

コミュニケーションのあり方をあたらしくしてみるとよいでしょう。

あたらしいってなに? とお思いの方、

そのnewはあなたの中にあります、外からもってくることはありません。

 

あたらしい言葉をおろしてみるのはどうでしょう。

いつもは、瞬間的に浮かんだ言葉を即座に口にだしているのなら、ひと呼吸おいてみる。

あるいは、熟考しがちな人は、浮かんだ言葉をそのまま放ってみること。

そうして、言葉を発したあとに生じる自分の感情を、波紋を観察するみたいにとらえてみる。

 

あ、つまらないことを言ってしまったかも。

と、自分の言葉を否定的に感じているのだとしたら、その否定感情を、眺めてみる。

じっと見ているとそれは時とともに小さくなりやがて消え去っているにちがいありません。

 

今日のコミュニケーションは、けれど、どちらかというと、

思ったことをポーンと放ってみる、かわいらしい小学生くらいの感じがよいようです。

 

それから、目に映る視覚的情報をすぐに分析的に言葉に変換してしまうのではなく、

自分なりに、あたらしい意味を与えてみるというのもおもしろいと思います。

 

蚊がブーンと飛んでいたら、血を吸われる、かゆくなる、やっつけねば。

とオートマティックに連想し、叩き潰そうと発動するのではなく、

蚊の動きやフォルムやたてる音などから、まるで初めてその存在を目にしたように、

大喜利みたいに、オラクルカードをひくみたいに、抽象画を前にしたかのように、

はて、この動くものの意味、メッセージは?

と、やってみる。

 

そして、そんな自分を、「うちの子は天才かもしれない!」ってなテンションで、

あなた、おもしろいわねー、とってもすてき。いずれはすごい芸術家になるかもしれない。

なんて、親バカ的に、おおげさに、褒めてみる。

褒められたわたしも、子どもみたいに、えへん、って感じに、照れつつ「天才かも」と素直によろこぶ。

 

そんなコミュニケーションをまず、自分とはじめてみてそれから、

安心なお友だちや家族やパートナーなどと接したら、その人に向けても、

「この蚊は、なんかね、こういうメッセージで今あらわれているのかも」と、

お告げを告げるみたいに言ってみる。

 

そういうユニークな遊びから、これまでとは違う自分とつながり、

これまでとは違うシュールつかつエキサイティングな会話が生まれる、そんな日になりそうです。


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