いつかのアタシ問答

 この間の会合や、すーさんとの会話で感じた違和感のおおもとにあるのは、「世の中」という実体のないものを「自分」という実体のある(?)ものよりも優先させている、ということだ、と、ミッチーに話しながら気がついた。自分の世界とは別に「世の中」というものが存在しているなんて実は嘘なのではないか、と思う。「世の中」の姿なんてどこにもないし、どこにいってもたしかめようがない。けれど「世の中」はマスコミや人の噂話などを通じて、私たちにあれこれと言ってくる。勝ち組、負け組、婚活、不況、韓流などなどなど。それが自分に必要な考え方であるか、自分に力をくれる言葉か、が、自分の人生にとっては大事なことであり、「世の中」がそうであるから私もこうしなくては、こういうものなのだ、と思うのは何かが決定的におかしい、と思う。今、自殺が大ブームです! なんてテレビやネットで後押しされたら死にたくもないのに死ぬのだろうか。ぼくはだから、ふーん、でいい。へー、そうなんだ。で、いい。世の中で何が流行っているかよりも自分のなかで何が大事かを注意深く眺めていたい。そうでなければ誰の人生なのか。この私での人生はたったの一度きり。そして、いつその幕がどのように下りるかを知ることなく生きるのが人生。2分後に死ぬかもしれない。1年後に死ぬかもしれない。それなのに、ブームだからといってしたくない結婚などする必要がどこにあるのだろうか。老後の心配をどうしてできるのだろう。そもそも老後とはいつからのこと?

いつかの自問自答


質問。
ぼくはこの先どんな人生を歩みたいのでしょうか。

ふと、コンビニへファックスをしに向かう道々、
その冬の空と、町の音と、空気の冷たさと、平凡な一軒家の瓦屋根をみて、
子供の頃の自分とつながった。
子供のぼくと出会う時間は心地よい。
自由を思い出す。
毎日になにひとつのプレッシャーもなかった時代。

ぼくは、あれ? って思った。
もっと自由な、
自分の毎日を愛せるような人生がこの世界にはあるんじゃないか? って思った。
なににも脅えない毎日が。

そんな世界をつくるのは自分しかいないということはわかる。
ぼくは、ぼくのために毎日なにをすればいいんだろう。
まずは今日、いや今なにを。



 

いつかの日記のようななにかその2

きのう、皿洗いをしながらうかんだこと。

神様が、無からわたしたち人間をつくったのだとして。
出発点は神様なわけだ。

神様が分裂して、神様の延長線上のものとして、一部としてわたしたちがある。
そうして無からなにかが一つ生まれ、
それが分裂して広がっていき、人間になるのだとしたら、
人間は神様ということだ。
違うけれど違わない、いっしょ。

生まれて、神様であることを大人は教えてくれず、
社会や常識や教育などで、私たちは人間なのだと教えられる。
そうするとできることに限りが生まれる。
人間という枠が、神様との境界線が生まれる。
だけど、やっぱり人間は神様なわけだから、本当の、軸の部分は変わらず神のまま。

知識を得て、身体に垢がつくようにいろんな偏見をこびりつかせて、
個人というさらに小さい枠のなかに入っていく。
できることがどんどん狭まっていく。

でも、人生はつづく。
生きても生きても死なない。
死ぬときまでは生き続けなくてはいけない。

なんのため? お金を得ること? いえ、違う。

お金は人間がつくったものだ。
そして形のあるもの。

ある限られた、
その目に見える「お金」という約束事が通じない世界だって地球には存在する。
そんな一部のお約束事のようなそれのために人生があるわけはない。
もっと普遍的。

人は、ぼくは、もう一度神様になるために、
神様に戻るために生きているのではなかろうか。

神とはいったい何なのだろう? 
神様はきっと、圧倒的に自由なのだと思う。

この地球が、人間の手により日々大変なことになっているといわれるけれど、
人間からその自由を奪うことはしない。
自由。

自由を与えられるのは、愛しているからだ。
愛は相手に自由を与える。
ありのままの、そのままの、あなたでいることを許す。
人が神様になるとき、その人は圧倒的に自由で、圧倒的な愛のかたまりなのだと思う。思った。

だからまず、圧倒的に自分を愛そう。
愛し尽くして、愛でいっぱいになって、愛そのものになったとき、
愛のかたまりは、愛を放射して世界をあかるく照らす。


 

3年前くらいの日記のようなもの

小松さんは、大阪から4時間半くらいかけて車でやってきていたのだけど、出発は朝の7時だったこの日の帰りに、帰り道にある徳島のたこを食べさせる居酒屋に寄ろうと計画をしているとのことだった。それから、スパミシュランという全国各地の温泉を個人的に採点している人のホームページにのっていた徳島のよさそうな銭湯にも寄っていこうとしていた。驚き。朝早くからやってきて、撮影をして、苔筵まで往復3時間くらい運転をし、というか1日ずっと運転をし続けた帰り道に温泉。眠くなりそう。帰るの面倒になりそう。ぼくなど、そそと飛行機で帰宅しようとしていたのになんというフットワークの軽さ。でも、それはとても小松さんらしい帰り道だと思った。なんというかエネルギーにあふれているのだ、この人は。そして、たのしそう。「嫌なことをひとつもしていないから疲れてなんていませんよ。帰り道のそのたこの店は、びっくりするくらいたこが美味しくて、もう一度食べておきたいな、って。ずっと運転をしているけど、合間に休憩があるでしょ? そこで美味しいものを食べたりとかしていると嬉しいし、元気になる。疲れがなくなる。銭湯で休んで疲れをとって、たこを食べて疲れをとって、だから全然疲れません。いざとなったら駐車して後部座席で寝ればいいだけですもん。そう思っているから眠くならないのかもしれないですね」。なんか、哲学。人生哲学だ。たのしいからする。たのしめなくなる前に休憩をいれる。それでも疲れてしまったら休む。単純。本当のことはきっと、うんと単純なのだと思う。神様がなにか大事なことを教えるときに、長々と話すとは思えない。

けっきょく買ったカメラのことなど



私アーカイブより



いつかの火曜の朝に



 きょうは火曜日。朝、9時23分である。快晴。さっそく洗濯機をまわし、ゴミを出し、新聞に目をとおし、ハーブティーを飲み、今。今日も目のまわりがなんだかベタベタする。花粉症だろうか。やはり。きのうは長い一日だった。4時半に起き、仕事へ出かけるミッチーと時間を過ごしまた少し寝て、仕事へ。松竹の稽古場で歌舞伎の稽古の取材。広くはないそこの隅っこで正座をしてみた。だいたい3時間くらい。あたりまえのことだろうが、大勢の人が情熱をもってひとつの作品をつくっているのだなあ、と思う。思った。そこにあるのは、よりよいものにしようという意志。だけど、その熱に、温度差はあるのかもしれない。わからないけれど。とにかく勘九郎さんのエネルギーはすごかった。とても生き生きとしていて、場を盛り上げる。座頭というのはそういうものなのかもしれない。膨大なセリフのほとんどがもう頭なのか身体なのかに入っている様子。長いセリフもすらすらと噛むこともなく言う。すごいなあ、と思った。稽古の終盤、子役が何人か登場。まだ幼稚園か、小学1年生くらいの男の子が、「父の敵〜!」とか言わされて、芝居に参加していた。言っているというより言わされている感じ。彼らはそうしていつか歌舞伎役者になるのだろうか。そういう人生。レールがもう敷かれている。そのようにして勘九郎さんも七之助さんも幼き頃からずっとやってきたのだ。長い長い年月を経て、そうした人に、身体に心になったのだろう、演じるということが息を吸うのと同じくらい必要で、あたりまえの人生。そのようにしてなにかをあきらめ、なにかを手にし、彼らのような歌舞伎役者や歌舞伎をつくる人々がいて今日も歌舞伎が存在している。なんだかありがたいな、と思った。この、若いお弟子さん、若くもなさそうなお弟子さん、禿げ上がった頭の小太りの人、どこにでもいそうなこうした人たちがいつかの時に「歌舞伎に携わる」と決め、ここにいるのだろう。あたりまえにあるのではない、と勘九郎さんは取材のときに話をしてくれたが、本当にそうなのだろう。みんなが、その気持ちで、志で、人生をかけて存続させているものなのだ。ぼくは、それを隅っこでみている。やる人がいたら観る人も必要。ぼくはその観る人を増やす手伝いをする人なのだ。ぼくの今している記者という仕事はそういう仕事だ。あるものをみんなの代表の一人として体験し、拝見し、経験し、お会いし、それをみんなに伝える仕事。どんなものであれ、それをつくる人たちのエネルギーが注がれている。そのことを大切に、記事を書きたい。

 

 夕べ、ひさびさ編集部へ行き、送本作業などをこなす。ミッチーが夜9時頃に仕事が終わる予定だったので、8時前には編集部をでて新宿をブラブラ。たくさん惹かれるものがあったが、どれも買うというところまではいかなかった。ある意味、夢見がちではなくなったのかもしれない。これがあったらいいだろう、と瞬間思うけれど、その夢の現実をすでに知っている。これまでの経験で、これくらいの熱だとこんな感じになる、とわかっている。でも、それ、ほんとうにわかっているのとは違う。予測だ。あくまでも予測なのだからトライしてみようか。ぜんぶ? 気になったものをぜんぶ買うの? うむ。そうした問答を心で繰り返し、けっきょく買わなかったのが昨日。ただ、最後に入ったディーン&デルーカで初めて自分の買い物をした。人のためや仕事のためには買ったことがあると思うが、初めてのわたしの買い物は、玄米麹シロップみたいなのとハーブティー。このところ、ほんとにそういうものに関心がいく。家でたのしめるからだによさそうな飲食物。今日、二台目の炊飯器が届く予定。これで、毎日酵素玄米生活がはじまるはず。わくわく。たのしみ。けっきょくミッチーは11時近くまで仕事がかかり、新宿の街には雨までふりだした。そして寒い。なんだか疲れてしまったけれど、車に乗り込んだら安心がやってきてゆるんだ。


いつかの朝に



感想



いつかの冬の記録

 9時41分。ひんやり。さっきヒーターに電源を入れたら、2度という表示がでた。寒い朝。だけど、トイレの水は流れた。凍っていなかったようだ。二度とかいて「ニド」というカフェのことを思い出した。その店に少しビビりながら入った日のこと、そこで過ごした時間、お店の人たちがお洒落に、眩しくみえたこと。それも、この人生にあった時間なのだ、と思うと不思議な気持ち。まるで他人事のように、今の自分の日常にはまったくない世界というか時間というか感覚というか。実際、そのお店ももうないのかもしれない。そうやって、すべては過ぎていく。ずっと変わらないものなどないのだろう。友だちという言葉でまっさきに想像する人の顔も毎年変わっていく。仲が良かったあの人とはもう数年あっていない、という人がたくさんいる。きっと、どこかで、あるとき、道が変わったのだろう。この先また交わることがあるのかもしれないし、もう交わらないのかもしれない。それでもお互い、生きていく。ただ、「元気?」と電話をして、「会いたい」といって、「いつなら会える?」と聞いて会おうとすればいいだけのことかもしれない。でも、そうしないのは今はその必要がないからだと思う。そして、向こうにとっても必要がないのだ。去年は、本当に人々と疎遠の1年だった。主に、くーこ。それから後半に青柳。毎日にミッチー、ときどきエバちゃんとメイちゃん。仕事の現場でナガちゃんに加冶屋さん、時々、永島さんに竹島さん。ほとんどそれがすべて、と言えるくらいに人との接触が少ない年だった。ミッチーと猫とここに、家にこもり、ぶつぶつ考えたり、書いたり、本をよんだりして過ごした。そして相変わらず寝てばかり。今日ももう10時になるさきほどに起きだし、夜は12時過ぎには寝ていた。冬眠。冬は寒くて早く起きることに積極的になれない。冬は寒くて遅くまで起きていることに積極的になれない。もぐるように布団に入り、むさぼるように寝ている。冬眠、という言葉があってよかった。

  


            

 
 
 世界というのは、ある瞬間に大きく変わることもあるし、季節の移ろいのようになだらかに日々、変わっている。あんなに好きだった人と夢中で死ぬ気で恋をしたぼくも永遠ではなく、ある日に別れを告げることになり、いつしか忘れてしまった。それから、また別の人を好きになり、離れ、年を重ねていく。ずっといっしょにいたいとか、ずっと仲良くしていようとか、ずっと変わらぬ友情を、とか、そういう言葉を若いときには言いがちだけれど、変わらないというのは果てしなくつまらないことかもしれない。変わるから、変わってしまうからあきずに今日も生きていられる。最高! と思った瞬間は何度もあったし、それは永遠につづいて欲しい瞬間でもあるのだけど、でも、終わってよかった。と今は思う。終わることでまた別の「最高!」と思う瞬間が訪れるし、それは、以前のそれとはまったく別の種類の幸福の時だったりするから。今は、ただ、ここに向きあい、ピッタリ10時で、猫のほとんどは寝ていて、ミッチーも寝ていて、新聞はまだポストにささったままで、出していない葉書が2枚あって、コーヒーが昨日の残りが1杯分くらいあり、手は少しかじかんでいて、外は昨日の風が嘘みたいに静かで、鳥がないている。最高の朝。こんな時間はニドカフェに喜んでいた時代には感じることができなかっただろう。想像すらしなかった。求めていなかった。あの日求めていたのは、原宿であたたかくて洒落た空間で素敵なグラスに入ったアイスカフェオーレを友だちと飲みながら、その日に巡った洋服屋さんのことや手にした服を見せあい、買わなかった服について思い出し、新しい服をきて行く場所のことを話し合うことだった。今、思い出してもたのしい。うつくしい時間。でも、ぼくはその場所を後にし、今に至る。それでよかった。そうしたかった。



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