憧れと自虐

 

夜は8時に寝て朝は4時に起きて執筆? お昼を作ったら午後は絵を3枚描いて、涼しくなった夕方に畑仕事? いいね、いいね、いいね! なになに、顔はハンサムで子どもは可愛くて、来月には面白そうな本を出版? いいね、いいね、いいね! 止まらない心の「いいね」ボタンは、自分への残念ボタンだったよう。寝てばかり、やる気が起きない、未来は不透明。残念、残念、残念……。憧れがつのるほど気持ちは沈んでゆく。横になった。胸に手を当てた。「でも、それでいいよ」。傷ついた自分の手当てをした。


ミッチー通信

 

ミッチーは今、レモンケーキにハマっています。

ぼくの撮り方の問題でちょっとパンみたいに見えるけどレモンケーキ。

誕生日のちょっと前に「なんのケーキが食べたい?」と聞かれ、レモンケーキとまず答え、

それから、ピスタチオケーキと言い、あ、でも普通にショートケーキかも、と答えたことが、

彼のレモンケーキ作りの一つの動機になっているのか否かは聞いていないからわからない。

そして、理由は聞いても聞かなくてもいい感じがしてしまうぼくのために作っているのだとしたら、

なんとも甲斐がないだろうな、とも思うけれど、そんなふたりでうまくやっています。


インスタ日記

寝るのももういい、起きるのも面倒、そういう今朝に布団の中でこれを書いた。

いろいろ不感症的人間だけど、書くことは好きなんだなと思いました。

日記だけに毎日やるぞ、とか思う自分もいるけど、

つづけることよりもその日の自分の気持ちを尊重してしまう気がする。

 

宇宙人とかUFOとか全然興味がなかったんだけど、

ほんとにこの一ヶ月とかに急に意識が向きだして、ぼくの思考世界に宇宙存在が入ってきた感じ。

UFOを見てみたいと思うけど、そういうことよりも、

地球外生命体を感知、認知することがおこったら、

意識の枠組みが刷新されるだろうことにすごく関心がある。

その時はれて本当に「ぼくは地球人」というアイデンティティが腑に落ちるのだろう、そういうことに。

 

 


歌からのまた自分の話

 

最近すきな歌。

このビデオもいいなー。

 

人生うそばっかだよ人生うそばっか

何を笑って隠してる

 

かわいい声でそう歌われると脱力。

アニマル浜口さん的な世界の対極的な世界観。

ぼくはどちらかというと、この人のいる世界に近いのだろう。

みんなの1日はぼくの3日間くらいのペースでやっています。

ねえ、こんなことでいいと思ってる? 

ぼくの中の誰かはそう度々聞いてきますが、

そう言われたってぼくはアニマルさんにはなれない、修造にもなれない、

ただできることとしては、そういうだるい人間だっているし、オリンピックなんて全くどうでもいい、

スポーツ観戦にみじんも興味がない、勉強も、政治も経済もほとんど興味がもてないし、

ただ食べて寝ている、そして性的なことにドキドキしたりして今日が終わる。

そういう人間だって、それは愚かかもしれない、可哀想かもしれない、でも、そういう人間が、

実際にここにひとりいるんですよ。

そういうくだらない人の存在証明みたいなこと。

広い世界には、ぼくみたいな三年寝太郎みたいなヒトがそれなりに生息はしていて、

この進化発展系グローバル世界で肩身狭く生きている人もたぶんそれなりにいる。

ぼくは、そういう人と、わかるー、って言い合いたいな。

この人は、YeYeさんっていうらしいが、

まだ何曲かしか聴いていないけど、

ぼくの面倒くさい朝に彼女の音楽はなにも求めてこなくって、なじむ。



一体感

 

彼女はがんだという。権威にそう言われたのだという。それは闘病の狼煙。悲痛な彼女の投稿を見た夜は、

悲しくて怖くて苛立って嘆き、憎らしく恨めしく自己嫌悪。まるでクラウドのようにぼくの内部にもそれ

は共有され、夢の中まで追ってきた。戦いはやめ、”悪性”の自分も抱擁できたらどんなにいいだろう。彼

女のネガティブはぼくにいつくしみを発生させた。だけど、どうしたらエールを送ることができるのか。

「大丈夫、大丈夫、大丈夫」。わたしたちのクラウドにそう送信した。


花とわたし

 

6月28日の朝。朝にいい光の入る玄関にあるこの花の名前をぼくは知らない。百合? 違う気が

する。カサブランカ? それな気もする。何にせよ名前なんて大事と思わない。何が大事なのか

よくわからない。ただ、そこに存在している、花がそこにあることで、例えばぼくは写真を撮り

たい。写真を撮りたい自分が生じる。それも重要でもなければ大事でもないけれど、まあ、そう

いうようなこと。朝は8時くらいだったような気がする。

 

 

朝は反射している光。こういう影というのでしょうか、影絵というのでしょうか、影絵ではない

のでしょうか。とにかく何らかの像が映るのをぼくは見て、ふーんと流しかけたけど、待て待て、

とても美しい瞬間じゃないか、写真を撮ろう、となった。卑しいね、とどめておこう、せっかく

だからって根性は。そんな風に思う自分もいるけれど、撮った。

 

 

今日は一度4時半とかに目が覚めた。パキっとした目覚めは、「起きなさいな。さあ活動を」と

言われているような感じがしたが、それには及びません。わたしは起きません。と思ったが、あ

まりに軽快な自分だったのでトイレでも行っておこうかと起き上がった。ちょろっと玄関の花を

見ると、一気に加齢が進んだかのような様相。早い朝の光がよく似合っていた。どこを撮ろうか、

何を撮りたいのかの焦点が合わぬままボタンを押した。

 


明るい午後と暗い歌

 

外は快晴で風がそよそよ気持ちよさそう。

風も気持ちよさそうだし、風にそよぐ草木も気持ちよさそう。

みんな気持ちよさそうでよかったね。

ぼくはというと、なぜかここ数日は暗くって、今も珍しくバックに静かな音楽をかけながらこれを書いている。

音楽は、Douglas Dare。なんと読むのかもわからないが、聴いている。

こういう暗さっていいなー。

そして、せっかくのこの気持ちいい外を暗い音楽を聴きながらただ眺めている、

このシチュエーションってものすごく贅沢だな、と思った。

暗さって、贅沢な状態かもしれない。

人間の特権というか、極上の豊さの一つ的。

 

 

 


ミッチー通信

 

ジム・ジャームッシュ好きの友人のための刺繍 by new PEACE(ito michihiro)


回路

 

きっかけはいつも唐突だった。

ふとした誰かの言葉や道でつまずくようなちょっとした行き違い。

クリックする場所を間違えて運命的な出会いが待っていたこともある。

それなのに何故、信じないのだろう。

どうして自分がぜんぶを支配し、すべてを理解していないと気が済まないのだろう。

 

きっかけは時に闇の入り口だった。

激しい後悔は夢の中まで追いかけてくるほど僕を苦しめた。

しかし、ドン底に達すると第三の道が見えるのだった。

否定でも肯定でもない中庸の道。

それが自分の世界を根本から刷新してくれた。

 

今、立ち止まっている。

あたりはしんと静まり、無風。

心だけがざわざわと波立っている。

選ばなくては、決めなくては、進まなくては。

 

選ばないことも決めないことも進まないことも本当はできない。

動く歩道のように、ベルトコンベヤーのように、どうしたって明日へ運ばれてしまう。

 

焦って急いでどこへ行くつもり?

あなたは何になりたがっているの?

どうしてそんなに自分が許せないのかしら。自分の何が不満?

 

僕は夢を見ているのかもしれない。生まれてから今日までずっと。

あるいは催眠にかけられているのかもしれない。

 

自分をこんなにもすり減らし、身を粉にして、誰を幸せにできるというのか。

シリアスな自分をあまりにも馬鹿らしく思えた。

笑ってみた。

ひとりで笑う自分がおかしくて笑えてきた。

全身に血が通いだし、その輪が肉体をはみでて広がり、光のシールドができた。

 

自分と佇みなさい。

 

追伸のように告げて女は、青い光となって消えた。


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